キーエンスの営業哲学が業界を揺さぶる|「時間」と「顧客対応」を最優先する経営戦略の秘密

売り込みから「選ばれる営業」へ|キーエンス流営業スタイルの転換

営業といえば、顧客に商品を売り込むものだと考えられてきました。しかし、業界トップ企業キーエンスの営業戦略は、この常識を大きく覆しています。同社の元営業担当者によると、営業とは「売り込む」ものではなく、「選ばれる」ものだというのです。

特に注目されているのが、「未完成の提案」で商談に臨むという独特のアプローチです。完璧に仕上げた提案をするのではなく、あえて顧客と一緒に提案を作り上げていくことで、顧客との深い関係を構築しているのです。この手法により、顧客自身が提案に参加する形となり、自然と顧客の信頼と支持を得ることができます。

元キーエンス営業が強調するのは、顧客と共創するプロセスの重要性です。この姿勢は、単なる営業技法ではなく、顧客課題の本質を理解し、共に解決策を探ろうとする誠実な態度から生まれています。だからこそ、顧客は自分たちの意思でキーエンスを選ぶようになるのです。

徹底した時間管理|「時は金なり」を地で行くキーエンスの経営文化

キーエンスの強さを語る上で、欠かせない要素が時間に対する並外れたこだわりです。同社では、たった5分の遅刻であっても、その後のプロジェクト全体に大きな影響を与えることを強く認識しており、全社員に対して「時間と金の約束」を厳格に守ることを求めています。

打ち合わせに5分遅れたという一つの事例を考えてみましょう。遅刻した本人は「たった5分」と軽く考えるかもしれません。しかし、その5分の遅れは結論の持ち越しを招き、1週間の遅れに発展します。このような遅れが3回積み重なれば、プロジェクト完了は1ヶ月近く遅れることになり、やがて事業全体の売上に影響を及ぼすようになるのです。

キーエンスの社員は、この因果関係を明確に理解しています。実際に、メールマガジン担当の社員がネタの提出を1日遅らせた際には、上司から約1時間にわたって、遅れがもたらす後続工程への影響について理詰めで説き聞かされたといいます。このように、時間を軽視することの本当の代償を全社員が深く認識しているのです。

営業組織の最適化|顧客対応を最優先する日々の工夫

キーエンスの営業部門では、限られた時間内で最大の成果を生み出すために、徹底した業務分業と効率化が実践されています。営業担当者の活動パターンは週3日の外出、1日10件以上20件以内の顧客訪問というように標準化されており、全員が同じ高い水準で活動しています。

ただし、単に顧客訪問の件数を増やすのではなく、事前アポイントを済ませた質の高い訪問を重視しています。上司に対する外出許可申請(ガイホー)の時点で、事前アポが極端に少ない場合や訪問目的が不明確な場合は、容赦なく外出が不許可となります。この厳しいルールにより、営業担当者は「密度の濃い活動」に集中できるようになるのです。

さらに特筆すべきは、顧客からの電話対応に関するルールです。創業者の滝崎氏と電話中であっても、顧客からの電話があれば即座に通話を中断して対応するという徹底ぶり。営業事務スタッフが最初の1コールで対応し、その後に営業担当者につなぐという対応順序も確立されています。これにより、営業担当者は顧客対応というコア業務に最大限集中できるようになっています。

営業時間の戦略的な活用|9時から17時は顧客対応の専門時間

キーエンスの営業戦略には、営業時間内(9時~17時)は顧客接点を最優先という原則があります。この時間帯には会議が禁止されており、社内打ち合わせよりも顧客対応が優先されます。顧客からの外線が入れば、たとえ重要な内部会議の途中であっても即座に対応するという徹底ぶりです。

商談時間については、一般的な60分ではなく45分で完了させる工夫も実施されています。この短縮により、1日の商談数を3割増加させることができます。さらに、訪問ルートの最適化も徹底されており、一番遠い顧客から順にミーティングを設定し、最終的にオフィスに近いルートになるよう調整しています。

17時以降は社内業務の時間として活用され、報告書作成などの事務作業が行われます。営業戦士たちはカロリーメイトを食べながら業務を継続するという、ユニークな文化も形成されています。

行動量の管理と数値化|日次で「努力量指標」を追跡

キーエンスの営業管理システムでは、DM送付数、電話架電数、アポイント数といった「努力量指標」を毎日管理しています。これらの指標について、目標値、現状値、過去の数値を日々確認することで、行動量を常に把握しているのです。

日次・週次・月次という緻密な管理サイクルを通じて、営業活動全体が可視化されます。数値化することで、営業担当者は自分たちの活動がどの程度の成果につながっているのかを明確に理解でき、改善点も明白になります。このような透明性の高い管理体制が、営業組織全体の高いモチベーションを生み出しているのです。

業界全体への波及効果|キーエンス流哲学が他企業にも影響

キーエンスの営業哲学と経営戦略が業界内で高く評価されるようになるにつれ、その影響は他企業にも波及し始めています。同社の元営業担当者の著述やセミナーなどを通じて、「売り込み型営業から共創型営業へ」というパラダイムシフトが広がりつつあります。

技術開発型の企業であるSHIFTの創業者・丹下大氏も、「1%の天才より、その他99%を底上げする」という経営哲学を掲げており、この考え方はキーエンスの全社員への高い水準の要求という姿勢と一部共通しています。組織全体の平均値を上げることで、企業全体の競争力を高めるというアプローチが、今後の人材育成やマネジメントのトレンドになる可能性もあります。

時間管理と顧客第一主義の融合|キーエンスの成功の本質

キーエンスが業界で圧倒的な地位を占めるようになった背景には、時間と顧客に対する並外れたこだわりがあります。たった5分の遅刻も許さない厳格さと、顧客からの電話を創業者の通話さえ中断して対応する顧客第一主義が、組織全体を貫いています。

これらの原則は、単なる厳しいルールではなく、事業全体の売上と顧客満足度を最大化するための理に適った経営哲学なのです。社員がこの哲学を心から理解し、実践しているからこそ、キーエンスは顧客から「選ばれる営業組織」として信頼を勝ち取り続けているのです。

今後、経済環境がますます変化する中で、キーエンスのこうした基本原則と創意工夫の組み合わせは、多くの企業にとって参考になるべき事例として、さらに注目が高まることが予想されます。

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