歴史ある峠越え路線が幕を閉じる 神奈中バス5系統が2026年3月末で廃止
神奈川中央交通(神奈中バス)が、2026年3月末をもって5系統のバス路線の運行を終了することが決定しました。廃止対象となるのは、東京と神奈川を結ぶ「都県境の峠越え路線」です。特に注目を集めているのが、国道20号の大垂水峠を越える路線で、かつては3都県にまたがる長距離バスとして知られていた歴史を持っています。
廃止される5系統とは
神奈中バスが廃止する5系統は以下の通りです。秦15(秦野駅~震生湖・才戸~万年橋)、伊58、愛24、湖29(相模湖駅~高尾山口駅)、八07(相模湖駅~八王子駅)です。このうち、湖29は八07の区間便のため、実質的には4系統といえるかもしれません。
廃止の運行終了日は、秦15・伊58が3月27日(金)、愛24・湖29・八07が3月29日(日)と予定されています。ただし、湖29は平日のみの運行であるため、実際には3月27日に終了することになります。
大垂水峠の特徴と歴史
廃止される路線の中でも特に注目されるのが、八07系統による相模湖駅~八王子駅間の22.1kmの運行です。このバスは約1時間をかけて大垂水峠を越え、東京と神奈川を直結する重要な交通手段となっていました。
国道20号を走るこれらの路線は、JR中央線と並行して走っています。しかし、高尾~相模湖間において、中央線が急峻な小仏峠をトンネルでくぐるのに対し、バスは国道に沿ってトンネルなしで越えられる南側の大垂水峠を通るという独特の特徴を持っていました。この峠越えルートは、ハイキング客の足として知られ、登山愛好家から重宝されていたのです。
かつての栄光:3都県またぎのロングラン路線
大垂水峠を越える路線の歴史は、1948年(昭和23年)までさかのぼります。当時、相模湖周辺にあった神奈中バスの休止路線が、大垂水峠発着で復活されました。その後、同年8月15日には与瀬(相模湖)~上野原間の休止路線も復活させ、大垂水峠~与瀬~上野原間の路線として運行を開始しました。
さらに翌1949年(昭和24年)には、神奈中バスと京王バスが相互乗り入れを開始し、峠を越えながら横山駅~浅川(高尾)~大垂水峠~与瀬(相模湖)~上野原間を結ぶ長い路線へと成長したのです。この時期の路線は、3つの都県にまたがる「長大バス」として、当時の交通網において重要な役割を果たしていました。
経営環境の変化と利用状況
現在、この路線は経営的な困難に直面しています。記事で紹介された実際の乗車調査によると、相模湖駅から乗り通した乗客は3人で、終点の高尾山口駅までの乗客数は全体で10人強程度と、利用者数が大幅に減少しているとのことです。
バスは途中の相模湖方の集落にあるバス停に停車し、1~2人の乗客が下車するという状況が続いています。かつてハイキング客や「走り屋」で賑わった峠越えルートも、現在では人影が少なくなっているようです。
最新の運行状況
廃止を控えた現在、八07系統は平日2往復、土休日3往復の運転本数で対応されていました。最近では自動放送の内容が充実し、3月末での廃止予定が自動で乗客に知らされていたといいます。これは、乗客に廃止の事実を周知するための施策の一つと考えられます。
今後の代替手段と地域への影響
八07の運行終了により、八王子駅北口からは神奈中バスが撤退することになります。ただし、八王子駅南口では神奈中バスの別路線(八77系統橋本駅北口~八王子駅南口)が引き続き運行される予定です。
これらの路線廃止により、相模湖~八王子間の直通バスによる交通手段が失われることになり、地域の交通ネットワークに大きな影響を与えることが予想されます。特にハイキングや観光目的での利用者や、公共交通に頼る住民にとって、代替手段の確保が急務となるでしょう。
おわりに
かつては3都県にまたがる「長大バス」として活躍した大垂水峠越え路線も、時代とともに役割を終えることになりました。自動車の普及やJR中央線の充実、さらには利用者減少など、複数の要因が重なった結果での廃止決定です。この歴史ある峠越え路線の終焉は、地方交通網の変化を象徴する出来事といえるでしょう。


