東海道新幹線とリニア中央新幹線、進まぬ開業見通しと高騰する工事費―JR東海に何が起きているのか
リニア中央新幹線―壮大な夢と現実のギャップ
リニア中央新幹線(品川~名古屋間)は日本の高速交通を象徴する国家プロジェクトとして長年期待されてきました。超電導リニア技術を活用し、東京~名古屋間を最短40分で結ぶとされ、経済界・政界からも熱い視線が注がれていました。ところが、2025年現在、この壮大な構想には大きな暗雲が立ち込めています。
JR東海社長が「開業見通し立たず」と表明
2025年10月29日、JR東海の丹羽俊介社長は記者会見で、「リニア中央新幹線の開業時期について現時点で見通しは立っていない」と明言しました。これは、これまで「2035年開業を目標」としてきた従来の方針から大きく後退した形です。事業の根幹に関わる見通しが立たなくなった背景には、次のような複数の要因が挙げられます。
- 最大の要因は工事費の急増。物価高騰、労働費の上昇、および難工事への追加対策などで費用負担が飛躍的に膨らんでいます。
- 環境保全や水資源保護を巡る地方自治体との調整の難航、とりわけ静岡県区間の着工遅延、および他工区での工事遅れ。
- 資金調達・経営体力への懸念。これにより後続区間(名古屋~新大阪)への波及リスクも指摘されています。
工事費「11兆円」へと膨れ上がる―当初予想の倍
同日、JR東海はリニア中央新幹線(品川~名古屋間)の総工事費が従来の7.04兆円から11兆円に拡大する見通しを正式発表しました。この増額幅はなんと約4兆円で、当初着工時の5.52兆円と比べると実に約2倍強です。ジャンルを問わず日本企業のプロジェクトとしては前例のない規模と言えます。
下記のように、主な費用増加の内訳が解説されています。
- 物価高騰・資材費・労務費の上昇:2.3兆円
- 難工事(山岳地帯のトンネルなど)の対策強化:1.2兆円
- 今後さらに物価等が高騰した際のリスク見積もり分:約1兆円
この数字はあくまで2025年時点の予測値であり、工事の進捗や社会情勢によっては更なる増額も否定できません。
リニア開業見通し崩壊が市場に与えた衝撃
工事費膨張と開業の「見通しなし」宣言が伝わると、JR東海の株価は最大で6.9%安まで急落しました。リニア計画は同社の将来収益の柱、さらには交通インフラの世代交代の象徴でもありました。プロジェクト遅延や資金繰り悪化への不安が一気に広がり、投資家心理にも強いインパクトを与えた形です。
静岡工区の問題―なぜトンネル着工できないのか
リニア工事の中でも最大のボトルネックとなっているのが、南アルプストンネル(静岡工区)です。2024年3月、JR東海はついに「2027年開業目標を断念する」と正式に発表しました。その直接要因が静岡区間工事の着工不成立です。静岡県はこの区間が駿河湾に注ぐ大井川の水資源に与える影響など環境面で深刻な懸念を表明し、小黒川のトンネル掘削や湧水対策、環境保全措置について納得できる説明や具体策を求めて調整が長期化しています。
この沈滞は静岡県だけでなく、実は
- 他都県工区でも地盤や地下水、遺構発見などによる工事遅延
- 人手不足・資材供給遅れ・コスト増
といった要因も重なり、プロジェクト全体の不透明感が加速しています。
「いずれは値上げ不可避」東海道新幹線ユーザーへの影響も
現在、東海道新幹線とリニアは密接に連動する存在です。リニア計画の長期化や工事費増大を受けて、既存の東海道新幹線の運賃値上げやサービス見直しに発展する可能性が取り沙汰されています。リニアが軌道に乗れば東海道新幹線のダイヤ余裕増や設備更新加速、地方駅発着便の充実など直接的な恩恵も期待されていましたが、現状ではその道筋も不透明となっています。
過去の「東海道新幹線」も工事費増に悩んだ歴史が
ここで少し歴史を振り返ります。1960年代に建設された初代東海道新幹線も、実は「工事費増」「難工事」「財源問題」に苦しんでいました。開業前、予算は1,725億円と公表されていましたが、最終的な事業総額は初期計画の2倍強へと膨らみ、「無謀」「昭和の大赤字」などと批判された過去があります。当時は予期せぬ技術課題や資材高騰が重なったことで、国会でも紛糾し、それでも社会インフラと産業発展に不可欠だという信念から工事は続行されました。
現在のリニア開業見通しが立たない状況は、60年前の新幹線開通前夜と重なる部分も多く、いかに大型インフラ計画が難問の連続であるかが分かります。しかも今回は、人口減少・環境保全・資材不足・働き方改革など、かつてにない課題に直面しています。
今後の展望―リニア事業の行方は
JR東海は「名古屋以西(名古屋~新大阪間)も早期着手の方針は変わらない」としていますが、現実には着工や財源確保の見通しまで不透明です。2025年時点で示された工事費試算はあくまで「現時点で予測可能なリスクとコスト」を反映したものですが、これ以上の遅延やコスト増も覚悟しなければならないとの見方が強まっています。
- リニア品川〜名古屋間の開業は「2035年便宜上仮定」ですが、静岡などの遅延次第でさらに後ずれる可能性
- 名古屋〜大阪間は「2037年最短」との政府目標も、現実的には2040年代半ば以降と見られています
一方で、東海道新幹線の老朽化や施設改善は待ったなしです。ダイヤの見直しや増発余地を作るためにも、新たな高速路線への期待は根強く、政治経済・地方自治体を巻き込んだ議論が続く見通しです。
おわりに ―「リニアの価値」の問い直し
これまでリニアは「日本経済の新しい大動脈」「次世代交通の切り札」として期待を集めてきました。ですが、ここに来て「どこまでのコスト増を社会が許容できるのか」「環境・地域との合意形成なしに巨大公共事業は成り立ち得るのか」といった根本的な問いが改めて突きつけられています。
世界が目まぐるしく変わる中、東海道新幹線およびリニア新幹線のこれからが、持続可能な交通インフラのあり方、社会と未来への投資とは何か、という問題意識とともに問われ続けることになります。
関連年表:東海道新幹線とリニア中央新幹線
- 1964年10月 東海道新幹線開業(東京〜新大阪)
- 2014年 リニア中央新幹線工事認可(品川〜名古屋間)
- 2024年3月 JR東海、リニア品川〜名古屋「2027年開業断念」正式発表
- 2025年10月 リニア工事費11兆円へ増額見通し・開業見通し不透明に

 
            

 
             
            