アルツハイマー病の新薬ドナネマブ、国内初投与患者で原因物質の除去を確認
希望の光となる新しい治療法
アメリカの製薬大手イーライ・リリー社が開発したアルツハイマー病治療薬「ドナネマブ」が、国内で初めて投与された患者さんに対して、その効果が確認されました。2024年11月末に金沢大学附属病院で治療を開始した70代の女性患者さんが、1年間の投与を経て、脳内の原因物質がしっかりと除去されていることが明らかになったのです。この朗報は、認知症と闘う患者さんやそのご家族に、大きな希望をもたらしています。
ドナネマブは、これまでにない新しいタイプのアルツハイマー病治療薬です。従来の治療薬が症状を一時的に緩和するだけであったのに対し、ドナネマブは病気そのものの進行を遅らせることを目指した「疾患修飾薬(DMT)」という革新的なアプローチを採用しています。この薬が2024年9月に日本で正式に承認されたことは、多くの医療関係者や患者さんから大きな注目を集めていました。
脳内から原因物質を効果的に除去
アルツハイマー病の進行には、「アミロイドβ」と呼ばれるタンパク質が深く関わっています。このタンパク質が脳内に蓄積することで、神経細胞に悪影響を与え、認知機能の低下が進んでいくと考えられています。ドナネマブは、このアミロイドβを標的とする抗体薬で、神経細胞の外に蓄積したアミロイドβを効果的に除去する作用があります。
金沢大学の臨床試験データによると、ドナネマブの投与により、プラセボ(薬を投与しない場合)と比べて、脳のアミロイドβが平均で84%減少することが確認されています。この劇的な減少は、病気の根本原因に直接アプローチする治療の有効性を示しており、多くの専門家から高い評価を受けています。
臨床試験で実証された進行抑制効果
ドナネマブの効果は、複数の大規模な臨床試験で検証されています。2023年に発表された国際的な大規模臨床試験「TRAILBLAZER-ALZ 2試験」では、ドナネマブを使用した患者さんは、使用していない患者さんと比べて、病気の進行を最大35.1%遅らせることができることが示されました。
より具体的には、認知機能の悪化を測定する複数の評価方法において、以下のような成果が報告されています。レカネマブの第Ⅲ相試験では、治療開始から18ヵ月後に、プラセボ群と比べて認知機能の悪化が27.1%抑制されました。一方、ドナネマブの第Ⅲ相試験では、治療開始から76週後に、プラセボ群と比べて認知機能の悪化が28.9%抑制されています。
さらに日常生活機能や認知機能を含む全般的な臨床症状の悪化についても、iADRSという評価方法では22%、CDR-SBという評価方法では29%の遅延効果が認められています。これは、患者さんが「今の状態から重度になるまでの期間が、治療をしない場合に比べて約1.4倍延びる」ことを意味しており、患者さんの生活の質を守るために極めて重要な意義を持っています。
国内初投与患者さんの喜びの声
金沢大学附属病院で国内初投与を受けた70代の女性患者さんは、1ヵ月に一度のペースで薬の投与を継続してきました。最初の投与からちょうど1年となる2024年11月29日に、治療の効果を確かめるための脳の画像検査を受けたところ、脳内のアミロイドβが見事に除去されていることが確認されたのです。
患者さんは「新しいお薬を使って体がよくなればうれしい」と治療に当たって述べており、1年間の治療を通じて、大きな希望を抱き続けてきました。金沢大学脳神経内科学の小野賢二郎教授によると、患者さんの認知機能については「ほぼ現状維持」である一方で、患者さんから「散歩に出かけるようになった」「前向きに考えられるようになった」などの言葉が出ているとのこと。こうした日常生活の実感的な変化が、患者さんとご家族を大きく勇気付けています。
早期治療がより高い効果をもたらす
ドナネマブの特筆すべき特徴の一つが、早期に治療を開始するほど高い効果が期待できるということです。アルツハイマー病は、アミロイドβに加えて、脳内に「タウ」というタンパク質が蓄積することで進行していくと考えられています。タウの蓄積が少ない(病気がまだ進んでいない)段階でドナネマブの投与を開始することで、認知機能や日常生活機能の低下をより効果的に抑制できるのです。
臨床試験では、1,736人の被験者をタウの蓄積量が少ないグループと多いグループに分けて効果を比較されました。その結果、タウの蓄積が少ない段階での投与では、進行を数ヵ月から半年以上遅らせる可能性があることが示されています。このため、軽度認知障害(MCI)や軽度の認知症の段階での早期発見と早期治療が、今後ますます重要になってくると考えられています。
従来の治療薬とは異なるアプローチ
ドナネマブが革新的である理由は、その根本的なアプローチにあります。これまでのアルツハイマー病治療薬であるコリンエステラーゼ阻害薬は、記憶力や注意力の悪化を一時的に抑制する「対症療法薬」として機能していました。患者さんの症状を緩和することはできても、病気そのものの進行を止めることはできなかったのです。
一方、ドナネマブは「病気の進行を抑える」ことを目指す全く新しいタイプの薬です。重要なポイントとして、ドナネマブは「記憶力が良くなる」「症状が元通りになる」といった改善効果を期待する薬ではありません。その目標は、「今の状態をなるべく長く保つ」ことであり、1年後・2年後の患者さんの生活の質を守るための薬なのです。この点を理解することは、患者さんやご家族が現実的な期待を持つ上で極めて重要です。
治療前の詳細な検査が必要
ドナネマブの治療を開始する前には、患者さんの脳内にアミロイドβが実際に蓄積しているかどうかを確認するための検査が必須です。一般的には、アミロイドPET検査や髄液検査が行われます。これらの検査により、ドナネマブの投与が本当に必要な患者さんを特定し、より効果的な治療を実現することができるのです。
また、ドナネマブは現在のところ、軽度のアルツハイマー型認知症やMCI(軽度認知障害)の患者さんを対象とする治療薬として承認されています。進行した認知症の患者さんには適応されないため、早期発見と診断が治療の成功を大きく左右する要素となっています。
国内での治療選択肢の拡大
現在、国内で認可されているアルツハイマー病の疾患修飾薬には、「レカネマブ」と「ドナネマブ」の2種類があります。両者ともアミロイドβを除去することで認知症の進行を遅らせる薬であり、いずれも「認知症そのものの進行にアプローチ」する全く新しいタイプの治療法です。これらの薬の登場により、患者さんと医療関係者は、従来よりも多くの治療選択肢を持つことができるようになりました。
金沢大学附属病院での国内初投与成功は、これらの新しい治療薬の有効性と安全性が実際の臨床現場で確認されたことを意味しています。患者さんとご家族の希望の言葉「やってよかった」は、認知症治療の新時代が確実に到来していることを象徴しています。
今後の展望と期待
アルツハイマー病は、超高齢社会の日本において急速に患者数が増加している疾病です。ドナネマブやレカネマブなどの疾患修飾薬の登場は、これまで症状の緩和しかできなかった認知症治療に、病気の根本的な進行抑制という新しい可能性をもたらしています。
今回の金沢大学での国内初投与患者さんの成功事例は、多くの医療機関や患者さんに大きな励ましをもたらすでしょう。今後、早期発見・早期治療の重要性の啓発が進み、より多くの患者さんがこうした革新的な治療を受ける機会が広がっていくことが期待されています。



