2026年度の診療報酬改定、引き上げ率「2%超」で最終調整へ――インフレと賃上げが焦点に
2026年度の診療報酬改定をめぐり、政府内の議論が大詰めを迎えています。報道によると、医療機関の収入の基礎となる診療報酬本体について、「2%超」の引き上げとする方向で最終調整が進んでおり、近く首相判断が下される見通しです。一方で、薬の公定価格である薬価はおよそ0.8%程度引き下げる方向で調整されており、「本体は上げつつ、薬価は下げる」という構図が鮮明になっています。
この記事では、2026年度診療報酬改定をめぐる最新の動きと、厚生労働省・財務省の考え方の違い、そしてこの改定が私たちの医療や保険料にどのようにつながるのかを、できるだけわかりやすく整理してお伝えします。
診療報酬改定とは?なぜ2年ごとに大きなニュースになるのか
診療報酬とは、医療機関が保険診療を行った際に、健康保険から支払われる「医療行為ごとの値段」のことです。1点=10円という点数制で決まっており、診察、検査、手術、リハビリ、在宅医療など、すべての保険診療に点数が設定されています。診療報酬は原則2年に1度見直され、これを診療報酬改定と呼びます。
この「改定率」は、医療機関の経営だけでなく、医師・看護師など医療従事者の賃金や、将来の医療提供体制にも直結します。一方で、診療報酬を上げれば保険財政に負担がかかり、保険料や税負担の増加にもつながるため、政府内で毎回激しい綱引きが行われます。
特に2026年度改定は、「今後10年の国民皆保険制度を維持できるかどうか」を占う重要な局面と位置づけられており、財務省、厚生労働省、医療側の意見がこれまで以上にぶつかっています。
ニュースのポイント①:診療報酬本体は「2%超」の引き上げで調整
今回のニュースで最も注目されているのが、診療報酬本体を2%超引き上げる方向で政府内調整が進んでいる、という点です。医療側は物価高や人件費の上昇を背景に、「大幅プラス改定」を強く求めてきました。
中央社会保険医療協議会(中医協)では、診療側委員から「医療従事者の賃上げを確実に進めるためには、大幅なプラス改定が必要」との意見が示されています。一方、支払側(保険者側)は「保険料負担はすでに限界に近い」とし、メリハリをつけた改定、すなわち全体の伸びを抑えつつ、必要な部分に重点配分するべきだと主張してきました。
その中で、厚生労働省は「3%程度」の引き上げ案を念頭に置き、インフレや賃上げに対応できる水準を求めてきたとされています。一方、財務省は「2%超」程度にとどめるべきだと主張し、最終的に「2%台前半」程度で折り合う方向で関係省庁間の調整が進んでいると報じられています。
この「2%超」という水準は、直近の改定と比べるとかなり大きめのプラスです。背景には、物価高や人件費高騰の影響で、病院経営が全体として厳しさを増していることがあります。特に、看護師やリハビリ職などを確保するためには、他産業並み、あるいはそれ以上の賃金水準が求められており、診療報酬を通じた賃上げの後押しが欠かせないという認識が広がっています。
ニュースのポイント②:薬価は「0.8%程度」の引き下げで最終調整
今回の改定では、診療報酬本体の引き上げとは対照的に、薬価をおおむね0.8%程度引き下げる方向で最終調整が進んでいると報じられています。薬価は、市場実勢価格との乖離を埋める形で定期的に見直されており、近年は薬価の引き下げが医療費抑制の「柱」となってきました。
財務省は、高額な薬剤費の伸びが医療費増大の大きな要因になっていると指摘し、これまでの改定においても薬価の引き下げを一貫して求めてきました。今回も、診療報酬本体をプラス改定とする一方で、薬価を抑制することで、全体としての医療費の伸びをある程度コントロールしようとする狙いがあります。
「本体プラス+薬価マイナス」という組み合わせは、近年の診療報酬改定ではおなじみになりつつあります。医療機関の人件費や運営費を支える部分は増やしつつ、薬剤費の伸びは抑える――こうした方針が、今回も踏襲されようとしています。
厚生労働省案「3%程度」 vs 財務省案「2%超」――どこが争点なのか
今回の調整過程で特徴的なのは、厚生労働省と財務省のスタンスの違いが、数字としてはっきり表れていることです。
- 厚生労働省:「物価・人件費高騰に対応できる報酬体系」を掲げ、3%程度の引き上げを視野に入れて議論。
- 財務省:医療費全体の伸びを抑え、国民皆保険制度を財政的に維持する観点から、2%超にとどめるべきと主張。
財務省は、診療所や薬局の利益率が病院に比べて高いことを踏まえ、「すべての医療機関を一律に手厚くするのではなく、必要な部分に絞り込んだ配分を行うべきだ」としています。具体的には、高度急性期・急性期病院や、地域で「かかりつけ医機能」を果たす医療機関などを重点的に評価する一方で、利益率が高い診療所や薬局については「適正化(事実上の抑制・引き下げ)」を求めています。
これに対し、医療側は「医療従事者の給与は全産業平均を下回っており、インフレの中で人材確保が難しくなっている」として、医療全体としての底上げを強く訴えています。特に、看護師やリハビリ専門職、介護職などを含む幅広い職種の賃上げを確実に進めるためには、診療報酬本体の大幅なプラスが不可欠だという立場です。
こうした主張のぶつかり合いの結果、「3%」と「2%超」の間で最終的な着地点を探る形となり、現時点では「2%台前半」程度の引き上げで調整する方向が有力と見られています。
財務省が問題視する「開業医・診療所の高収益」と「適正化」方針
今回の議論で、財務省が繰り返し示しているのが、診療所(開業医)の利益率が病院に比べて高いというデータです。厚生労働省の公式データによれば、病院の利益率が0.1%であるのに対し、診療所は6.4%と大きな差があるとされています。
財務省はこうしたデータをもとに、「勤務医よりも開業医の給与水準が高く、国際的にも高水準だ」と指摘し、2026年度改定では診療所の報酬を『適正化』する、つまり全体としては抑制・引き下げる方向性を打ち出しています。
ただし、すべての診療所を一律に減らすのではなく、地域でかかりつけ医機能をしっかり果たしている医療機関については評価を高める一方で、高収益だが役割があいまいな領域については見直しの対象とする、といった「選択と集中」の考え方が強くなっています。
こうした財務省の方針については、医師会などから「診療所バッシングだ」「地域医療を支える基盤が弱体化する」といった批判も出ており、今後の具体的な点数配分の中で、どこまで反映されるかが大きな焦点となります。
2026年度改定が社会に与える影響――「賃上げ」と「負担抑制」の両立は可能か
2026年度診療報酬改定の議論の根底には、次のような難しいテーマがあります。
- 医療現場で働く人の賃上げをどう実現するか(看護師、リハビリ職、薬剤師、介護職など)
- 国民皆保険制度を、将来世代まで持続可能なかたちで維持できるか
- 現役世代の保険料負担がすでに重くなっている中で、どこまで医療費の増加を許容するか
厚生労働省は、「物価・人件費の高止まりが続く中で、医療現場だけが賃金上昇から取り残されると、人材確保ができなくなり、結果として医療提供体制が崩れてしまう」と危機感を示しています。そのため、2026年度改定では、医療・介護に関わる幅広い職種の賃上げを確実に進めることが不可欠だとしています。
一方、財務省は「現役世代を中心とした保険料負担はすでに限界に近い」と指摘し、無制限な医療費の増加は将来の世代にツケを回すことにつながるとしています。そのため、「医療の質を保ちながら、無駄や過剰な部分を削る」という方向性を重視し、生産性向上や高収益領域の見直しを強く求めています。
今回の「診療報酬本体2%超の引き上げ+薬価0.8%程度の引き下げ」というバランスは、こうした二つの要請――「賃上げ」と「負担抑制」――の間で、ぎりぎりの妥協点を探った結果といえます。
今後のスケジュールと、これから見ていくべきポイント
2026年度診療報酬改定に向けては、すでに中医協や財政制度等審議会などで議論が続けられてきました。今後の主な流れは、次のように整理できます。
- 年末:政府内で改定率(本体+薬価)を最終決定。首相判断を経て、診療報酬改定率が正式に固まる。
- 2026年2月前後:中医協が改定内容の答申を厚生労働大臣に提出し、具体的な点数や評価項目が明らかになる。
- 2026年春:告示・通知の発出後、医療機関が新たな点数体系に合わせて体制整備を進める。
- 2026年6月ごろ:改定内容の施行が見込まれており、新しい診療報酬体系がスタートする可能性が高い。
今後、私たちがニュースとして注目しておきたいポイントは、次の3つです。
- 最終的な改定率が「何%」に落ち着くのか(特に本体部分が2%台前半なのか、中盤まで行くのか)。
- どの分野が手厚く評価され、どの分野が「適正化」の対象になるのか(病院、診療所、薬局、在宅医療、リハビリなど)。
- 賃上げの仕組みがどれだけ具体的に埋め込まれるか(看護師・リハビリ職・介護職などへの配分)。
診療報酬改定というと、専門的で自分とは関係がない話のように感じられるかもしれません。しかし、受診したときの医療内容や、地域にどんな医療機関が残るのか、そこで働く人たちの待遇がどうなるのかに直結する、私たちの暮らしと密接につながったテーマです。
2026年度の改定は、物価高と人手不足という難しい環境の中で、どのように医療を守っていくのかを示す重要な節目になります。今後の政府の最終判断と、具体的な点数配分の内容に、引き続き注目が集まりそうです。



