米国テック業界に広がる「996勤務」──社畜時代の逆襲とAI時代の光と影

2025年10月、米国テック業界、とりわけAI・スタートアップ分野を中心に、中国発祥の過酷な労働スタイル「996勤務」が急拡大しています。「996勤務」とは、午前9時から午後9時まで、週6日働くことを指し、実に週72時間という長時間労働が求められます。これまで「自由な働き方」を象徴してきた米国シリコンバレーも、AIブームの波に乗ることで、再び「社畜時代」へ逆戻りしているのが実情です。

「996勤務」とは何か?

  • 午前9時から午後9時まで働く
  • 週6日出勤
  • 週合計72時間労働
  • もともと中国のITスタートアップで広まった働き方

中国では改革の流れがある一方、なぜ米国で再燃しているのか?その背景には、猛烈なスピード勝負となった現代のテック産業、特にAI分野での苛烈な競争があります。市場の主導権を握るためには、誰よりも早く多くの試行錯誤を重ねなければなりません。テクノロジーの革新スピードが「つねに時間との勝負」であり、働く時間そのものが競争力とみなされるようになったのです。

シリコンバレーの現状──AIスタートアップでの「996勤務」拡大

サンフランシスコの企業活動の分析によれば、「996勤務」はもはや一部だけの現象ではなく、実際に都市全体へと拡散しています。たとえば土曜日の昼から深夜にかけてのレストランのデリバリー注文が多いことを、企業カードのデータから確認されており、これは多くの社員が土曜日にも長時間オフィスに残っている証拠とされています。

こうした傾向はサンフランシスコを中心に最も顕著ですが、ニューヨークなど他のテクノロジー都市でも規模は小さいながら観測されています。多くのAIスタートアップでは、求人時から「高強度な労働」が期待値として明示され、応募資格にも「週70時間以上働けるか」が暗黙の条件として存在しています。

  • あるAI系企業の求人では「70時間以上働けない人は応募しないでください」と明記
  • 習慣として996が求められる方向性が加速
  • 既存のハイテク企業でも、上層部に極端な長時間労働者が多い(例:ティム・クック、イーロン・マスクなど)

なぜ現代アメリカで中国型「996勤務文化」が蘇ったのか

中国では過労死や劣悪な労働環境への反発から、2019年以降「996勤務」への法規制や見直しの声が高まりました。それにもかかわらず、米国で同様の文化が蘇ったのはなぜでしょうか。主な要因は以下の通りです。

  • AI開発競争:2020年代半ばのAI分野は未曾有のスピードと熾烈な競争に突入。時間そのものが競争力となり、「多少の犠牲は当然」という認識が経営層に浸透
  • 投資家の要求:より速い事業拡大・市場支配が求められ、投資家も短期間での成果を最重視
  • 働き方の逆流:パンデミック禍に広まった柔軟なリモート勤務から一転、オフィス回帰と長時間滞在が求められる流れ
  • 創業者像の変化:「スティーブ・ジョブズやビル・ゲイツのように、人生をかけてイノベーションを目指すのがクール」とするZ世代若者の新たな労働観

「996勤務」が及ぼす光と影

ポジティブな側面

  • 猛烈な開発と実験により短期間でイノベーションを生み出す原動力となる
  • チームの結束感が高まるケースもあり、「同じ釜の飯」を食べることで強い信頼関係が醸成される
  • 「最速で世界トップを目指す」という高いモチベーションが維持される

ネガティブな側面・懸念点

  • 従業員の健康リスク:長時間労働による慢性的な疲労・ストレス、燃え尽き症候群の急増
  • 人材離職率の上昇:長期間このペースを維持できない従業員が多く、優秀な人材の流出が発生
  • イノベーションの停滞:「密度より時間」を重視した働き方は、本来の創造性や多様性を阻害する危険性
  • スタートアップの経営不安定化:急成長のための無理な拡大は、却ってチームの崩壊や企業の短命化を招くリスクにもつながる

現場の声──本音と葛藤

現場の従業員からは「AI分野で世界と戦うにはこれしかない」「自分も成功に賭けたい」といった前向きな声がある一方、燃え尽き感やワークライフバランスの喪失を嘆く意見も増えています。Z世代・ミレニアル世代を中心に「家庭やプライベートも大事にしたい」との声が聞かれるものの、現実的には選択肢が限られている場面が多い状況です。

AI企業Rillaの採用担当者は「本当に成し遂げたい人だけ応募してほしい」と発言するなど、働く意志や覚悟が新たなフィルターとして機能。これに対し「多様な価値観を排除するのでは」との批判も増え、社会全体での議論が必要とされています。

今後の展望と課題

  • 米国でも996勤務に対する違和感・不安感は増している
  • 中国では法規制や労基法強化の流れがある一方、米国には明確な規制が存在しないため、ブラック化が止まらない懸念
  • AIバブルの終息や、サステナビリティ重視の働き方への回帰が見直される可能性も
  • ワークライフバランスを重視した働き方改革の声が高まる中で、「健全な成長」と「急成長」の両立をどう図るかが最大の課題

まとめ

「996勤務」は、テック業界に新たな競争力を生み出す一方、働く人の健康や多様性をないがしろにする危険な側面も孕んでいます。AIバブルに沸く米国で拡大しつつあるこの文化が、今後どのような方向に向かうのか──その答えは、健全な競争と持続可能な働き方が両立する新たなイノベーション文化を築けるかどうかにかかっています。

参考元