ECBラガルド総裁、成長見通し「上方修正の公算」 インフレは目標付近で安定へ
欧州中央銀行(ECB)のクリスティーヌ・ラガルド総裁が、ユーロ圏経済の成長見通しを引き上げる可能性に言及し、市場の注目を集めています。背景には、インフレ率が目標とする2%前後で安定してきたことに加え、米国との貿易摩擦などの逆風に対しても、ユーロ圏経済が予想以上に強い耐性を示していることがあります。
ラガルド総裁「われわれは良い位置にいる」-インフレは目標近辺で推移
ラガルド総裁は最近の発言で、ユーロ圏のインフレ率はおおむね2%で推移しており、中期的な見通しも2%と整合的であると強調しました。これは、ECBが掲げる物価安定の定義に沿った動きであり、「われわれは良い位置にいると言える」と自信を示しています。
実際、消費者物価の上昇率は2%に近い水準となっており、エネルギー価格のマイナス寄与が縮小する一方で、インフレの基調を示す指標もおおむね中期目標と整合的とされています。ラガルド総裁は、向こう数カ月もインフレは2%付近で推移するとの見方を示す一方で、世界的な貿易政策の不透明感などから、見通しには上下双方向のリスクが残っているとも説明しています。
成長見通しは「上方修正」も ユーロ圏経済の底堅さ
ラガルド総裁は、最新の経済予測に関するコメントの中で、直近の予測作業において成長見通しをすでに上方修正したと述べました。さらに、次回12月の経済予測でも「上方修正するかもしれない」との見解を示し、市場にはユーロ圏経済の底堅さを再確認する流れが広がっています。
実際、ユーロ圏の7-9月期(第3四半期)の域内総生産(GDP)は、速報値から0.3%増へと上方修正されており、経済活動は潜在成長率にかなり近い水準で推移していると評価されています。また、労働市場も堅調さを維持しており、失業率は低水準にとどまっています。
ECBは、こうした経済の底堅さを踏まえ、当面は政策金利の据え置きを続ける公算が大きいとみられています。ラガルド総裁自身も、政策金利の運営については、「データに即して毎回の会合で判断する」としつつ、物価見通し、インフレ基調、金融政策の波及度合いという3つの要素を総合的に評価して決定する方針を改めて確認しています。
米国の関税攻勢に「予想以上の耐性」 ユーロ圏経済の強さ
成長見通しの上方修正の背景には、米国の関税措置などの外的ショックに対しても、ユーロ圏経済が想定以上の強さを見せているという評価があります。ラガルド総裁は、英紙フィナンシャル・タイムズ主催のイベントで、ユーロ圏経済は米国の関税攻勢に対して「当初の懸念よりも強い耐性を示している」と述べています。
要因としては、欧州連合(EU)が対抗措置を本格化させていないことによる貿易環境の落ち着きに加え、ユーロ相場が大きく下落していないこと、そして労働市場が堅調である点が挙げられています。こうした条件が重なり、企業や家計の信頼感が大きく損なわれずに済んでいると考えられます。
サービス価格とインフレ基調への警戒感
一方で、ECB内部ではインフレの勢いが再び強まる可能性にも目を光らせています。特に、サービス価格の動向は、インフレの基調を判断するうえで重要な要素とされています。最近の指標では、サービス価格の上昇率がわずかに加速しており、コアインフレ率も2.4%と前月からやや上昇しています。
ラガルド総裁は、こうした動きを踏まえながらも、労働コストの伸びは生産性の改善や賃金上昇ペースの鈍化によって徐々に減速していると説明しています。また、ECBの推計によれば、2026年前半にかけては賃金上昇率がさらに軟化する見込みであり、中期的なインフレの持続的な高進リスクは抑えられているとの見方を示しています。
それでも、世界的な貿易政策の不確実性や、地政学リスクなど、インフレ見通しを左右しうる要因は多く残されています。ラガルド総裁は、インフレ見通しに対するリスクは「依然として上下両方向にあり」、通常よりも高い不確実性が続いているとしています。
政策スタンス:「良い位置」にあるが、決して固定された状態ではない
現在の政策金利について、ECBは預金ファシリティ金利を2%で維持しており、10月の理事会でも据え置きが決定されました。ラガルド総裁は、現在のインフレ率が中期目標の2%にあり、新たなインフレ見通しも大きく変わっていないことから、この水準は妥当だとの見方を示しています。
ただし、ラガルド総裁はこの状況を「固定された良い場所」と捉えているわけではありません。最新の経済データやリスク要因を注意深く見極めながら、必要であれば今後の政策金利を調整する用意があることも強調しています。つまり、「今は良い位置にあるが、状況に応じて柔軟に動く」というスタンスです。
市場では、一部の当局者が次の一手として利上げの可能性に言及していることから、今後のデータ次第では、成長とインフレのバランスを踏まえた慎重な議論が続くとみられます。
成長・雇用への関心とECBの使命
ラガルド総裁は、フランスのマクロン大統領が提起した「ユーロ圏の金融政策の目標を、インフレだけでなく成長や雇用にも広げるべきではないか」という問題提起にもコメントしています。米国の連邦準備制度(FRB)は物価と雇用の「二重の使命」を負っていますが、ECBは条約上、あくまで物価安定の維持が第一の使命とされています。
ラガルド総裁は、この議論について「検討する価値のあるテーマ」であり、条約改正の可能性を話し合うことも「興味深い」と述べつつも、現在の枠組みの中でも、成長や雇用、イノベーション、生産性、気候変動といった要素を十分に考慮する余地はすでにあると指摘しました。
つまり、法的な使命は物価安定であっても、実際の政策運営では、より広い経済・社会的背景を視野に入れながら、バランスのとれた判断を行っていることを示した形です。
市場との対話とユーロの位置づけ
為替市場では、ラガルド総裁の発言は常に大きな影響を与えますが、その一方で、市場参加者の間では「ラガルド総裁は、発言によって市場を過度に混乱させないタイプ」との受け止めも広がっています。過去のスタンスからも、総裁は丁寧な対話を重視し、急激な期待修正を招かないよう配慮してきたと評価されています。
また、基軸通貨としてのドルの重要性を認めつつも、ユーロの国際的な地位が徐々に向上していることに触れる場面もあります。ユーロは円に対して歴史的な高値圏で推移するなど、その存在感を強めていますが、ECBとしては為替レートそのものを目標とすることはなく、あくまで物価と経済全体への影響を通じて間接的に注視する姿勢を保っています。
今後の焦点:成長上方修正とインフレ安定の両立
今後のECBとラガルド総裁の発言で注目されるポイントは、おおまかに次の3つに整理できます。
- 成長見通しの上方修正がどの程度になるのか
すでに直近の予測で成長見通しは引き上げられており、次回予測でもさらに上方修正される可能性が示唆されています。その幅や背景説明は、ユーロ圏経済の「強さ」を測る重要な手がかりになります。 - インフレ率が2%付近で安定推移するかどうか
エネルギー要因の影響が薄れるなかで、サービス価格や賃金動向がインフレの基調を左右します。コアインフレ率が穏やかに落ち着くのか、それとも再び加速するのかによって、今後の金利政策の方向性も変わってきます。 - 利上げの可能性とタイミング
一部の理事が「次の一手は利上げでもおかしくない」と示唆していることから、データ次第では、据え置きから引き締め方向への議論が強まる展開も考えられます。ただし、ラガルド総裁は、あくまでデータに基づいた段階的な判断を重視しており、拙速な方向転換は避けるとみられています。
ラガルド総裁のメッセージを一言でまとめると、「インフレはおおむね目標に沿ってきた。そのうえで、経済成長も思ったより強い。だが、不確実性は高く、慎重に一歩ずつ進む」という姿勢です。物価安定と成長の両立を図りながら、ユーロ圏経済を安定的な軌道に乗せられるかどうか、今後のECBの舵取りに引き続き注目が集まります。



