サムスン会長の相続税にみる国際的な相続税制度の課題と日本の未来

はじめに

2020年10月、韓国サムスングループの元会長、李健熙(イ・ゴンヒ)氏が78歳で逝去されました。その遺産総額はおよそ26兆ウォン(約2兆5,000億円)と言われ、日本でも連日大きな話題となりました。とりわけ、相続税だけで12兆ウォン(約1兆1,700億円)、つまり1兆2,000億円近い金額が課されたというニュースは多くの人に衝撃を与えました。
韓国独自の課税方式と、この事例が国際的にどのような意義を持つのか、日本の相続制度と比較しながらわかりやすく解説します。

なぜ「サムスン会長の相続税」は1兆2,000億円になったのか

通常、相続税額がここまで高額になることはありません。
では、なぜサムスン会長の場合はこれほどまでに巨額な相続税となったのでしょうか。そのポイントは韓国独自の課税方式と「最大株主割増」という2つの仕組みにあります。

  • 最大株主割増:韓国では、故人が企業の最大株主であった場合、通常の株価評価額に20%以上の割増率が適用される仕組みがあります。例えば、企業の株式自体の評価額が1,000億円でも、最大株主であれば1,200億円とみなされます。この「割増」のため基礎となる財産評価が一気に跳ね上がり、課税される金額も大きく膨らみます。
  • 遺産課税方式:韓国の相続税は、「取得課税方式」ではなく、「遺産に対して課税する」方式です。これは、遺産全体に課税し、その後に分割される流れになっており、評価額が高額な場合は直接的に税金負担が大きくなります。
  • 高い税率:世界的にも韓国の相続税率は高く、最大税率はなんと60%に達します(最大株主割増上乗せ後)。これは日本や他の主要国と比べても際立つ高さです。

この3つの要素が重なったことで、李健熙氏の遺族が支払う相続税は1兆2,000億円という世界的にも類を見ない水準となりました。

韓国相続税制の具体的な特徴

1. 最大株主割増のしくみ

例えば一般の投資家であれば100株単位で評価されますが、最大株主となるとその影響力ゆえに株式評価に特別なプレミアムが加算されます。サムスン会長のようなケースでは、この割増だけで数千億円規模の違いが出るのです。

2. 高い相続税率

韓国の相続税率は累進課税となっており、財産が大きいほど税率が高くなります。最大株主に対するプレミアムを加味した場合、課税対象額は非常に高額化し、最終的には最大60%にもなるのです。

3. 遺産課税方式の影響

「遺産課税方式」は遺産全体に課税し、相続人の人数や分割状況にかかわらず全体で算出される方式です。結果として、富裕層を中心に極めて大きな税負担となり得ます。

巨額相続税がもたらす社会的課題

  • 経営承継リスク:会社の経営権承継に際し、遺族が巨額の相続税支払いを余儀なくされ、企業存続が危ぶまれる事例が増えています。場合によっては株式売却による経営権の喪失や、グループ再編、雇用維持の困難などのリスクも伴います。
  • 富裕層の国外流出:「相続税60%、あまりにひどい」……こうした課税の重さに耐えかねた富裕層や経営者が韓国国外へ資産や生活拠点を移す動きも増えています。実際、韓国は相続税を理由とした「国外移住者数」で世界4位となるほどです。
  • 社会還元と批判:李会長の遺族は「企業市民」としての責任を重視し、節税策を使わず正しく納税する姿勢を表明しました。また、相続財産の一部で病院建設や小児がん支援などの社会還元も強調されましたが、徴税の大きさには国内外から制度見直しを求める声も強まっています。

相続税が高額でも納税義務を果たす「サムスン一族」の判断

2021年の申告期限までにまず2,000億円程度を納付し、残りを5年間で分割納付する特例を活用しています。 さらに、遺産の約9,800億円相当を医療・文化分野へ寄付し、「李健熙コレクション」と称される美術品約2万3,000点も国内美術館へ寄贈されました。

韓国国内で続く「相続税制」見直し議論

サムスン事件を契機として、韓国国内では相続税制の見直し議論が活発化しています。政府は一時、最高税率を50%から40%への引き下げや、控除額増額といった改正案も発表しましたが、「富裕層優遇」「格差助長」といった厳しい世論の反発も根強いです。

日本の相続税制と現状の課題

日本の相続税率は最大で55%と韓国に次いで高い水準です。一方で、課税対象となる資産の評価や納税方法、控除額などは韓国とは異なります。また、日本国内でも「富裕層優遇」の限界や家業・企業承継をめぐる課税強化といった制度見直し論争が年々激しさを増しています。

今後は世界的な富・資産の格差是正や、グローバル経済下での企業経営の安定化などを見据え、よりバランスのとれた相続税制度の在り方が求められる時代に差し掛かっていると言えます。

まとめ:グローバル資産と公平な相続税制のゆくえ

  • サムスン会長の事例は韓国相続税の特殊性、そして富裕層への課税と社会的責任を強烈に浮き彫りにしました。
  • 高額の相続税が経済や社会、企業経営に及ぼす影響は非常に多岐にわたります。
  • 日本を含むアジア各国でも、財産承継や会社経営の持続可能性、公平な税制という観点で世界的な議論が進んでいます。
  • 今後も各国間で協調や制度改革が続けられることが予想されます。

急速なグローバル社会において、適正かつ持続可能な相続税制度を構築することは一部の富裕層のみならず、社会全体の安定と発展に不可欠な要素となりつつあります。

参考元