高市首相の「食品消費税ゼロ」政策が波紋 ポピュリズムとの指摘も、経済への影響は複雑

2026年1月19日、高市早苗首相は衆議院解散を表明し、選挙公約として「2年間の飲食料品の消費税ゼロ」を発表しました。物価高に苦しむ国民への直接的な支援策として打ち出された今回の政策は、首相自身が「私自身の悲願でもございました」と述べるほどの力の入れようです。しかし、この急浮上した減税政策は、小売店や飲食店に複雑な影響をもたらし、ポピュリズムではないかという指摘も出始めています。

「2年間限定」の衝撃的な公約

現在、日本の食品にかかる消費税は2つの税率に分かれています。スーパーなどで販売されている食料品やテイクアウト食品、有料老人ホームで提供される飲食料品は軽減税率の8%が適用されている一方で、外食や酒類には10%の税率が課せられています。

高市首相が発表した「消費税ゼロ」政策の対象は、現在軽減税率が適用されている飲食料品に限定されます。つまり、スーパーで購入する食料品やテイクアウト食品の消費税がゼロになる一方で、外食や酒類は引き続き10%のままとなります。この政策は「2年間に限り」という時間制限が付いており、その後の対応については今後設置される「国民会議」で検討されることになっています。

家計への直接的なメリットは明確

消費者にとってのメリットは一見するとシンプルです。第一生命経済研究所の試算によると、食料品の消費税がゼロになると、4人家族では年間6万4千円の負担が減少するとされています。高値が続いているコメを例に挙げると、現在税込みで4,515円の商品が、消費税ゼロになると4,180円で購入できるようになります。生鮮食品、総菜、冷凍食品なども対象となるため、日々の食卓を支える多くの商品が値下がりすることになります。

物価高に苦しむ中所得・低所得層にとって、この直接的な負担軽減は歓迎される政策です。しかし、一部の市民からは「2年では大したことない」「不足分をどこからまかなうのか」という懸念の声も上がっており、政策の実効性と持続性についての疑問も存在します。

小売店への影響:価格引き下げの「義務」がない落とし穴

一方、スーパーマーケットなどの小売業界にとって、この政策は複雑な課題をもたらします。重要なポイントは、スーパーマーケットには価格を下げる法的義務がないという点です。消費税がゼロになったからといって、小売店が必ず価格を値下げしなければならないわけではありません。

小売店の経営判断は2つの選択肢に分かれます。1つ目は、競争上の優位性を得るために価格を下げるという選択肢。もう1つは、値下げせずに経営改善に充てるという選択肢です。つまり、消費税ゼロによる消費者負担の軽減効果は、小売店の経営判断によって大きく左右されることになります。

さらに複雑なのは、過去の減税政策の事例です。ドイツでの実例によると、消費税の減税と販売価格の引き下げは100%で相関せず、減税による価格低下は減税幅よりも小さくなるという傾向が報告されています。この現象は「不完全な価格転嫁」と呼ばれ、消費者が期待するほどの価格下落が実現しないリスクを示唆しています。

外食・飲食店への「逆風」という矛盾

最も深刻な影響を受けるのが外食産業です。ニュース報道のタイトルで「外食に逆風」と指摘されている通り、今回の政策は飲食店経営に大きな課題を生じさせます。その理由は、税制の複雑なメカニズムにあります。

飲食店は「仕入税額控除」という制度の恩恵を受けています。これは、飲食店が食料品を仕入れる際に支払った消費税分を、売上に対する消費税から差し引くことができるという仕組みです。現在、飲食店が食材を仕入れる際は消費税10%を支払い、その分を控除の対象としています。

しかし、食品の消費税がゼロになると、この仕入税額控除の額が大幅に減少します。例えば、2,200円で飲食物を売上げた飲食店を想定します。現在のシステムでは、売上に対する消費税200円から、仕入れ時に支払った消費税100円を差し引くことができるため、国に納める消費税は100円で済みます。

しかし、食品消費税がゼロになり、かつ仕入先が価格を値下げしない場合、飲食店は売上に対する200円の消費税を国に納めつつ、仕入れ時には消費税がかからなくなるため、控除できる消費税がなくなります。結果として、飲食店の実質的な利益は減少し、政策によって増税効果が生じるという逆説的な状況が発生します。

中食と外食の競争激化

食品消費税がゼロになることで、スーパーで購入するテイクアウト食品や中食産業の競争力が相対的に高まります。中食は消費税がゼロになる対象ですが、外食は10%のままだからです。この価格差は、消費者の選択行動に直接的な影響を与えることになります。

つまり、同じような食事内容でも、外食店で食べるより、テイクアウトやスーパーの惣菜を購入した方が安くなるという状況が生まれます。これにより、外食産業はさらに経営が厳しくなり、特に中小の飲食店経営者にとっては深刻な経営課題となる可能性があります。

年間5兆円の「穴」:財政への重大な懸念

政策立案者が直視しなければならない現実が、年間約5兆円の税収減です。この巨大な財源不足をどのように補うのかという問題は、今後の日本の財政を大きく揺さぶる可能性があります。

既に市場は敏感に反応しており、財政悪化への警戒感から長期金利が27年ぶりの高水準に上昇しています。これは住宅ローンの引き上げにつながる可能性があり、結果として家計への負担が別の形で増加する可能性も指摘されています。減税による家計の負担軽減が、金利上昇による住宅ローン費用の増加で相殺されるという矛盾が生じるリスクがあるのです。

「ポピュリズム」との指摘が出始める理由

今回の「食品消費税ゼロ」政策が注目を集める一方で、この政策がポピュリズムではないかという指摘が出始めています。その理由は、いくつかの要因に分解できます。

第1に、政策効果の不確実性です。先述した通り、消費税の引き下げが直接的に販売価格に反映されるとは限りません。実際には、小売店や飲食店の経営判断によって、価格引き下げ幅は異なる可能性があります。消費者に直接的な負担軽減をもたらすと明言した政策が、実際には複雑な経済メカニズムを通じて、期待と異なる結果をもたらす可能性があるのです。

第2に、政策の時間的限定性です。「2年間に限り」という条件付きの政策は、長期的な経済戦略ではなく、短期的な政治的効果を狙ったものではないかという懸念が生じます。衆院選の公約として発表されたこの政策は、選挙戦での有権者への直接的なアピールという色合いが強いのです。

第3に、負の側面の軽視です。外食産業への悪影響、中食との競争激化、財政悪化による長期金利上昇など、政策がもたらす多くの負の側面が十分に議論されないまま政策が推し進められている可能性があります。ポピュリズムの特徴は、政策の正の側面を強調する一方で、負の側面や長期的な経済への悪影響を軽視する傾向にあります。

中小企業への波及効果の懸念

帝国データバンクの調査によると、中小企業による価格転嫁は40%程度に留まっているとされています。つまり、消費税率の引き上げに対して、中小企業の多くが完全に価格に転嫁できず、利益を圧迫されている実態が明らかになっています。

この状況が「消費税ゼロ」による逆の現象で起きる可能性があります。仕入先が消費税ゼロに対応して価格を引き下げない場合、飲食店などの中小事業者は、控除できる消費税が減少することで、実質的な増税効果を被ることになります。結果として、従業員への給料を上げづらい状況が生じ、中小企業労働者の賃金抑制につながる可能性も指摘されています。

今後の課題と検討すべき視点

今回の「食品消費税ゼロ」政策は、単なる減税政策ではなく、日本経済全体に複雑な影響をもたらす構造を持っています。家計への直接的な負担軽減という正の側面がある一方で、外食産業への逆風、財政の穴、中小企業への負担増加など、多くの負の側面が存在します。

今後設置される「国民会議」では、これらの複雑な経済メカニズムを慎重に検討し、政策の実効性と持続性を徹底的に議論する必要があります。単なるポピュリズムの誹りを受けないためには、政策がもたらすあらゆる側面について、透明性を持って国民に情報開示し、十分な議論を経た上で政策を実行することが不可欠です。

消費税ゼロが実現した場合、その影響は予想以上に複雑で、想定外の経済的混乱をもたらす可能性も指摘されています。政策立案者には、短期的な政治的効果だけでなく、長期的な経済への影響を見据えた慎重な対応が求められているのです。

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