中国ヒト型ロボットの日本上陸で変わる世界市場 日本勢の危機的状況が鮮明に

世界5兆ドル市場へ、中国企業が本格進出

世界のロボット市場は今、歴史的な転換点を迎えています。これまで日本と欧州が主導してきたロボット産業に、中国企業が次々と参入し、市場の構図を大きく変えようとしているのです。今月2日から6日まで東京ビッグサイトで開催されている「iREX 2025(2025国際ロボット展)」では、少なくとも10社以上のヒト型ロボット企業が出展することが明らかになっており、その中で中国企業の存在感は極めて大きなものになっています。

特に注目されるのが、中国の大手ロボットメーカー「AGIBOT(アギボット)」の日本市場への新規参入です。同社は日本初となるヒューマノイドロボットを今回の展示会で公開し、「A2」「G2」「X2」の3つのシリーズを展示・デモンストレーションしています。AGIBOTはロボット本体とAI技術を組み合わせたフルスタック技術で業界を牽引する企業であり、既に世界中の多くの国と地域でその製品が利用されているという実績を持っています。

中国企業の急速な成長の背景にある戦略

中国がこれほどまでにヒト型ロボット市場に力を入れている背景には、明確な国家戦略があります。中国国内では賃金の上昇と人口減少による深刻な労働力不足が課題となっており、製造業の自動化が国家的な重要課題として位置付けられています。そのため、中国政府は工業情報化部を中心に「人形機器人創新発展指導意見」を発表し、北京や上海などに人型ロボットのイノベーションセンターを相次いで設立するなど、政策面から手厚い支援を行っているのです。

さらに注目すべきは、中国企業が技術革新と低価格化を同時に達成している点です。AI技術や機械学習、コンピュータビジョン技術の急速な発展により、ロボットは単なる制御機器から環境認識や自律推論が可能な知能ロボットへと進化しています。同時に、国内サプライチェーンの強みを活かして重要部品の国産化を進め、設計効率化によるコスト削減に取り組んでいます。

価格競争が加速、市場の民主化が進む

最も衝撃的なのが、中国製ヒト型ロボットの価格競争力です。深圳のスタートアップ「Engine AI」が開発した「SA01」は、わずか3万8500元(約77万円)という驚異的な低価格で販売を開始し、市場の参入ハードルを大幅に下げてしまいました。これまでヒト型ロボットは高額な産業機器として位置付けられていたのに対し、中国企業の参入により「誰もが手にできるロボット」への転換が始まっています。

こうした価格戦略は、デフレ圧力をもたらす側面もあります。過剰投資による供給過剰と、技術競争による価格下落が同時に進行し、中国市場全体が「デフレ地獄」に陥りつつあるという指摘も出ています。しかし、消費者にとっては、より手頃な価格で高機能なロボットを手に入れられるようになることを意味しているのです。

日本勢の「存在感の薄さ」が浮き彫りに

この急速に変わる市場環境で、日本勢の立場は危ういものになっています。iREX 2025では中国企業が積極的に出展・アピールを行う一方で、日本のロボット企業は相対的に存在感を失いつつあります。確かに日本にも国産ヒト型ロボットの開発を目指すスタートアップ企業が存在します。東京都豊島区に本社を置く「Highlanders(ハイランダーズ)」などが注目されていますが、市場規模では中国企業に圧倒されているのが現実です。

国際的には、米国のテスラが自動運転車開発で培った技術を応用して人型ロボット「Optimus」を進化させるなど、グローバル企業による競争も激化しています。しかし、量産規模と価格競争力では、中国企業がアドバンテージを持ちつつあるのです。

「データ」が量産の鍵を握る時代へ

ヒューマノイドロボットの量産を実現するために、業界では新たな課題が注目されています。それがモーションキャプチャー技術とデータの活用です。中国のモーションキャプチャー技術企業「Noitom」は、この分野で世界首位の地位を占めており、その次の展開が注目されています。ロボット開発において、人間の動きをいかに正確にデータ化し、ロボットの動作学習に活かすかは、商用化の成否を左右する重要な要素なのです。

AGIBOTは既に2025年1月に第1,000台目の汎用・エンボーディドAIロボットが量産ラインから正式に出荷されるという業界の新しいマイルストーンを達成しており、本格的な量産時代に突入しつつあります。

アジア市場を巡る激しい競争が本格化

中国企業の海外進出意欲も極めて高いものがあります。広州交易会には優必選科技や雲深処科技(CloudMinds)などの大型ブースが出展され、多くの海外バイヤーが訪れているという状況です。AGIBOTも日本市場参入を発表する際に、「産業オートメーション、エンターテインメント、サービス主導型の分野におけるイノベーションを推進するため、日本の企業や組織との持続的なパートナーシップ構築を目指す」とコメントしており、アジア市場での本格的な展開を見据えています。

ユニツリー・ロボティクスやUBテック・ロボティクスなど、複数の中国ロボットメーカーが競う中で、世界5兆ドルに及ぶとも言われる人型ロボット市場を巡る競争は、これからますます加熱していくでしょう。

日本にとって必要な戦略の再構築

世界的なロボット市場の構図が大きく変わる中で、日本産業が取るべき戦略は何でしょうか。かつて自動車産業や電子機器産業で得た優位性は、今のロボット産業ではまだ確立されていません。中国企業の低価格戦略と技術革新のスピードに対抗し、日本ならではの品質やサービス、そしてニッチ市場での高機能化といった差別化戦略が求められています。

また、アジア市場全体の成長を見据えると、日本企業と中国企業が競争だけでなく協力する可能性も検討する価値があるでしょう。今回のiREX 2025での展示会は、こうした市場の転換を象徴する重要なイベントとなっています。日本のロボット産業が今後どのような戦略を打ち出し、世界市場での地位を守り抜くのか、注視する必要があります。

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