BCGが示す「良い撤退」とAIが切り拓く航空の未来──経営とテクノロジーの最前線
ボストン コンサルティング グループ(BCG)が、いま日本と世界のビジネスの現場で大きな注目を集めています。
一つは、日本企業の新規事業における「良い撤退」という新しい視点。もう一つは、ウズベキスタンの航空業界で進むAI活用に関するレポートです。
本記事では、BCG日本共同代表・内田有希昌氏の提唱する「撤退力」と、BCGが分析するウズベキスタン航空市場のAIシフトという、二つのテーマをわかりやすくご紹介します。
日本企業に問われる「新規事業の終わらせ方」
日本ではこれまで、「新しい事業の始め方」は数多く語られてきた一方で、「事業の終わらせ方」は十分に議論されてきませんでした。
BCG日本共同代表の内田有希昌氏は、長年にわたり多くの企業の新規事業を支援するなかで、この課題を強く意識してきたといいます。
2025年、巨額の損失や収益性悪化を背景に、日本の主要企業による市場撤退が相次ぎました。
一方で、競争力の低下が明らかにもかかわらず、なかなか撤退に踏み切れない企業も少なくありません。
この状況を踏まえ、内田氏は「撤退は単なる失敗ではなく、次のチャレンジを生む前向きな選択になり得る」という考え方を示しています。
著書『新規事業撤退力を高める』とは
内田氏は2025年9月、東洋経済新報社から『新規事業撤退力を高める』を出版しました。
この本は、日本企業が新規事業を「始める力」だけでなく、「やめる力」を備えることの重要性を解説したものです。
出版社やBCGの紹介によると、本書では次のようなポイントが扱われています。
- 「悪い撤退」と「良い撤退」の違い
- なぜ撤退はこれほどまでに難しいのか
- 撤退が企業にもたらす意味と意義
- 撤退判断のタイプやプロセスの全体像
- 「良い撤退」に向けた具体的なプロセスとアクション
- 新規事業に限らない、既存事業やR&Dへの応用
特に特徴的なのが、「撤退力」という概念を打ち出し、
・始める力(着工力)
・遂行する力
・終わらせる力(撤退力)
の三つが揃ってはじめて、新規事業を継続的に成功させられる、と整理している点です。
新規事業で「良い撤退」が求められる理由
BCGや内田氏が「良い撤退」を強調する背景には、いくつかの日本的な事情があります。
- 撤退にネガティブなイメージが強い:
「退くこと」に対して後ろ向きな印象が根強く、「最後までやり切るべきだ」という考えが優先されやすい。 - 組織の合意形成に時間がかかる:
コンセンサス重視の文化のため、撤退の総意を得るのが難しく、判断が先送りされがち。 - 撤退の振り返りが行われない:
欧米では「なぜ撤退に至ったか」の説明責任が重視される一方、日本では理由があいまいなまま終わることが多い。
その結果、学びが蓄積されず、同じつまずきを繰り返してしまうリスクが高まります。 - 経営環境の変化が激しい:
変化が激しい時代には、次々と新たなビジネスチャンスが生まれます。
不振事業に資源を抱え込んだままでは、有望な新規事業に人材や資本を振り向けられません。
内田氏は、必要なときにきちんと撤退を決断し、その経験を次につなげていくことが、
「新規事業を増やし、成功確率を高める近道」になると指摘します。
「良い撤退」を実行するための3つの条件
BCGの発信や関連インタビューでは、「良い撤退」を実現するために、特に重要とされるポイントが整理されています。
やさしく言い換えると、次の3つの条件にまとめることができます。
条件1:撤退に対する「スタンス」を会社として明確にする
まず大切なのは、「自社は撤退をどう位置づけるのか」をはっきりさせ、社内で共有することです。
- 撤退を「失敗」ではなく、「学びと再挑戦のためのプロセス」として捉える
- どのような状況になったら撤退を検討するか、あらかじめ大まかな基準を持つ
- その考え方を経営陣だけでなく、現場のメンバーにも浸透させる
BCGは、「撤退への自社のスタンスを明確にし、社員に浸透させるアクション」が重要だと指摘しています。
事前に方針が共有されていれば、いざ撤退の話が出たときにも、感情論だけでなく、落ち着いて議論しやすくなります。
条件2:正しい意思決定を下すための仕組みを整える
次に必要なのは、「撤退するか続けるか」を公平かつ冷静に判断できる仕組みです。
- 判断基準を明文化する:
売上や収益だけでなく、市場環境、学びの蓄積、将来性など、多面的な指標で評価できるようにする。 - 感情から距離を置くプロセス:
立ち上げメンバーの思い入れだけで判断せず、第三者の視点や社外のアドバイスも取り入れる。 - 定期的なレビュー:
「続ける前提」でなんとなく継続するのではなく、節目ごとに「本当に続ける価値があるか」を問い直す。
BCGは、「正しい意思決定をするためのアクション群」を、撤退巧者企業に共通する特徴として挙げています。
感覚や空気ではなく、合意された基準にもとづき判断することが、「良い撤退」への第一歩だと言えます。
条件3:決めたら速やかに実行し、必ず振り返る
3つ目の条件は、「決めたあとの動き方」です。
- スピーディーな実行:
撤退を決めても、手続きや調整に時間がかかりすぎると、現場の負担が長引き、損失も膨らみます。
BCGは「速やかな実行を実現するためのアクション」の重要性を強調しています。 - 関係者への丁寧な説明:
社内メンバー、取引先、顧客など、影響を受ける人たちへの説明を丁寧に行い、納得感を高める。 - 必ず振り返りを行う:
なぜ撤退に至ったのか、どんな仮説が外れたのか、何はうまくいったのかを整理し、社内に残す。
これにより、次の新規事業で同じ失敗を避けることができます。
内田氏は、日本企業では撤退後の振り返りがほとんど行われないと指摘しています。
しかし、「良い撤退」とは、単にきれいに畳むことではなく、そこで得た教訓を組織の財産に変えることだと強調しています。
撤退力は新規事業以外にも活かせる
BCGは、『新規事業撤退力を高める』のなかで、新規事業だけでなく、さまざまな分野に「撤退力」を応用できると述べています。
- R&D(研究開発)プロジェクトの見直し
- 収益性が低下した商品・サービスの整理
- 成熟した既存事業からの段階的な撤退
- 公共分野における「公的撤退」への貢献
変化の激しい時代においては、「どこに資源を集中し、どこからは引くのか」という選択が、企業の競争力を大きく左右します。
BCGは、撤退力を高めることで、組織がしなやかに変化し、持続的な成長を実現できるとしています。
ウズベキスタン航空市場で進む「AI活用」とBCGの役割
一方、BCGは日本国内だけでなく、新興国の成長市場についても詳細な分析を行っています。
その一例が、ウズベキスタンの航空業界に関するレポートです。
報道によると、ウズベキスタンのフラッグキャリアであるUzbekistan Airways(ウズベキスタン航空)の旅客数は、年間1300万人に達しています。
同社は今後のさらなる成長を見据え、AI(人工知能)の活用に大きく舵を切っていると伝えられています。
この動きについて、BCGはレポートの形で分析を行い、ウズベキスタンの航空市場全体がどのように変化しつつあるかを示しています。
旅客数1300万人、成長市場で問われる効率化
旅客数が1300万人規模に達したウズベキスタン航空にとって、
・路線網の最適化
・運航スケジュールの見直し
・収益管理(レベニューマネジメント)
・乗客サービスの向上
など、解くべき課題は多岐にわたります。
こうした中で、AIは次のような領域での活用が期待されています。
- 需要予測にもとづく運航計画と座席販売の最適化
- 遅延や混雑の予測と、オペレーションの事前調整
- 顧客データを活かしたパーソナライズされたサービス提案
- 機体の状態監視や整備計画の高度化
BCGのレポートは、こうしたAI活用の可能性を整理し、ウズベキスタン航空市場の今後の発展にとって重要なテーマとして位置づけています。
BCGが示す「2030年に向けたAIドリブン航空」の姿
別のBCGレポートでは、ウズベキスタンの航空業界が2030年にかけてAIドリブンな産業へと変わっていくという見通しが示されています。
これは、「AIがすべてを置き換える」という意味ではなく、人間の判断や経験をAIが強力に補完する体制が整っていく、というイメージです。
たとえば、次のような変化が想定されています。
- 価格設定や座席在庫配分を、AIがリアルタイムに提案し、担当者が最終判断を下す
- 気象情報や空港混雑状況をAIが解析し、遅延リスクの高い便を事前に検知
- 乗客一人ひとりの嗜好や行動履歴をもとに、最適なオファーやサービス内容を提示
- 整備履歴やセンサー情報をもとに、故障の兆候を早期に察知し、計画的に点検を実施
BCGは、このような取り組みが進むことで、ウズベキスタンの航空業界全体が、
安全性・効率性・顧客満足度を一段と高めていけると分析しています。
日本企業にとっての示唆:撤退力とAI活用の両立
ここまで見てきたように、BCGは一方で日本企業に「良い撤退」の重要性を説き、
他方でウズベキスタン航空市場のような成長領域では「AIによる高度化」を後押ししています。
両者は一見まったく違うテーマに見えますが、共通しているのは、
- 限られた経営資源(人材・お金・時間)を、どこに集中させるかを明確にする
- そのために、「やめるべきこと」と「伸ばすべきこと」をはっきり分ける
- データや事実にもとづき、感情に流されない意思決定を行う
という考え方です。
新規事業で成果が出ないと分かっているのに続けてしまう企業と、
新たなテクノロジーへの投資をためらい、競合に後れを取る企業には、どこか共通する構造があります。
BCGが日本で「撤退力」をテーマに掲げ、ウズベキスタンでAIドリブンな航空産業の未来を描くのは、
企業が「選択と集中」を通じて、より強い競争力を身につけていくための道筋を示す試みだとも言えるでしょう。
これから求められる経営のスタンス
日本企業にとって、今後ますます重要になるのは、
- 「終わらせ方」をあいまいにせず、きちんと向き合う姿勢
- 新しいテクノロジーを学び、適切に取り入れていく柔軟性
- 短期の成否だけでなく、中長期の成長ポテンシャルを見据えた意思決定
BCG日本共同代表・内田有希昌氏の『新規事業撤退力を高める』は、
そうした経営のあり方を具体的なプロセスとして示した一冊です。
また、ウズベキスタン航空市場に関するBCGのレポートは、
AIを活かして産業全体の価値を高めようとする試みの一例と言えるでしょう。
「どの事業で勝ちにいくのか」「どの技術に賭けるのか」。
その答えは企業ごとに異なりますが、「良い撤退」と「賢い投資」をバランスよく実行していくことが、
これからの経営にとって欠かせないテーマになっていきそうです。




