ムーミン谷と宗教性をめぐる新番組 Eテレ「こころの時代」が描く“違い”と共生の物語
フィンランド発の人気作品「ムーミン」が、いま改めて注目を集めています。きっかけとなっているのは、Eテレで放送中の「シリーズ ファンタジーに秘められた宗教」です。毎月第1月曜日の夜10時50分から放送されているこのシリーズでは、ファンタジー作品の奥に潜む「宗教性」や「人間観」に光を当てています。その最新回として取り上げられるのが、「ムーミン」シリーズです。
NHK・Eテレの番組「こころの時代~宗教・人生~」枠で放送される今回の特集では、「なぜムーミン谷では『違い』を持つ存在たちが共にいられるのか」というテーマのもと、キャラクターたちの生き方や物語に流れる価値観を通して、現代社会にも通じる「宗教性」を考えていきます。ムーミンを子どもの頃から親しんできた世代にとっては懐かしく、初めて触れる人にとっては新鮮な視点で、作品の奥深さに出会える内容となっています。
戦禍の中で生まれた「ムーミン」 1945年のフィンランドという背景
「ムーミン」シリーズは、1945年、第二次世界大戦の戦禍にあったフィンランドで誕生しました。小説第1作が生まれたのは、国全体が大きな傷を抱え、先行きへの不安が渦巻いていた時期です。写真資料として紹介されているのは、戦争直後の社会状況の中で生まれた「ムーミン」小説シリーズの姿であり、その歴史的背景は、作品の雰囲気やテーマを理解するための重要な手がかりとなります。
作者のトーベ・ヤンソンは、自身も戦争を経験し、不安や恐怖、社会の分断といった現実を目の当たりにしてきました。そんな中で生まれたムーミン谷は、「争いと不安が支配する世界」とは対照的な、穏やかで、どんな存在も排除しない場所として描かれます。人々が傷つき、価値観の対立が深まっていた時代に、「違いがあっても共に生きられる世界」を物語として提示したことは、当時の読者にとって大きな救いであり、希望だったと考えられます。
その意味で、ムーミン谷は単なる空想の楽園ではなく、「現実がこうであったら」という願いが込められた場でもあります。戦後の混乱期に描かれたからこそ、そこには現代にも通じる深いメッセージが宿っているのです。
なぜムーミン谷では「違い」を持つ存在が共にいられるのか
番組が取り上げる大きなテーマは、「違いを持つ存在が、なぜムーミン谷では自然に共に生きられるのか」という点です。ムーミン谷には、ムーミントロールをはじめ、スナフキン、スノークのおじょうさん、リトルミイ、スニフ、ヘムレンさん、ニョロニョロ、さらには名前も姿もさまざまなキャラクターたちが登場します。
それぞれ性格も価値観も、見た目も、生き方も違います。自由を愛して一人旅へ出てしまうスナフキン、何かをコレクションせずにはいられないヘムレン、怒りっぽいけれど本当は愛情深いリトルミイ、心配性のムーミンママ…。彼らは互いに完全に理解し合っているわけではありませんが、「違いがあること」が前提として受け入れられている世界です。
ムーミン谷では、「こうでなければいけない」という正解が一つだけあるのではなく、色々な生き方が「そこにあってよいもの」として描かれます。自分とは違う相手を、無理に変えようとしたり、排除しようとしたりするのではなく、「あの人はああいう人」と、そのまま受け止めて関わる。その距離感こそが、ムーミン谷の居心地の良さを形づくっています。
番組では、この「違いを前提にした共生」の感覚を、現代社会の分断や対立と対比させながら読み解いていきます。宗教的な教義としてではなく、人と人との関係性の中にある、静かな倫理やまなざしとしての「宗教性」に注目している点が特徴です。
「こころの時代」シリーズで探るファンタジーと宗教性
NHK Eテレ「こころの時代~宗教・人生~」は、宗教や人生観、価値観についてじっくりと考える番組として長く続いてきました。その中で展開されている「シリーズ ファンタジーに秘められた宗教」は、宗教を特定の教団や儀礼に限定せず、物語やファンタジーの世界から、人が生きるための知恵や祈りの形を見出そうとする試みです。
今回フォーカスされるムーミンは、表面的には「子ども向けのかわいらしい物語」として知られていますが、読み進めるほどに、孤独、喪失、成長、別れといった深いテーマが織り込まれていることに気づかされます。番組は、こうした側面を専門家の解説や作品の引用を通して丁寧にひも解き、「ファンタジーに秘められた宗教性」が決して難解なものではなく、むしろ私たちの日常に近いところにあることを伝えようとしています。
毎月第1月曜日の夜10時50分という放送時間も、大人が一日の終わりに少し立ち止まり、「こころ」のことをゆっくり考えるのにふさわしい時間帯です。ムーミンを題材にしながら、視聴者自身の生活や人間関係、社会との向き合い方について振り返るきっかけを与えてくれる番組構成となっています。
「宗教」と「ムーミン」をつなぐ視点とは
「ムーミン」と「宗教」と聞くと、意外な組み合わせに感じるかもしれません。しかし、番組で扱われる「宗教性」とは、必ずしも特定の宗派や教義だけを指しているわけではありません。むしろ、以下のような、誰もが経験しうる心の動きや問いが中心となっています。
- 自分とは違う他者を、どう受け入れ、どう付き合っていくのか
- 不安や恐れ、孤独とどのように向き合うのか
- 家族や仲間と共に生きるとは何か
- 変化や別れの中で、どのように自分を保ち、成長していくのか
ムーミンの物語では、はっきりとした「正解」や「教え」が語られることはあまりありません。その代わり、キャラクターたちが迷い、失敗し、ときには傷つきながら選んでいく一つひとつの行動が、読者や視聴者に「あなたならどうする?」と静かに問いかけています。この「問いかけのあり方」こそが、宗教的な物語に通じるところだと、番組は指摘します。
たとえば、ムーミン谷にはさまざまな「よそ者」がやってきます。嵐や災害、謎の影のような存在が訪れることもあります。それでも、ムーミン一家はまず「受け入れる」ことから関係を始めます。怖さや不安を感じながらも、目の前の存在を無視したり、追い払ったりするのではなく、「どうしたの?」「ここで一緒に過ごしてみる?」と声をかける。その姿は、宗教的な「歓待」や「もてなし」の精神にも重なります。
現代社会とムーミン谷 “違い”とどう向き合うか
今、私たちの社会は、多様化が進む一方で、ネット上の対立や分断、差別、偏見といった問題が深刻化しています。「自分と違う他者」を前にしたとき、恐れや怒りが先に立ってしまうことも少なくありません。その中で、「違いを前提とした共生」を描くムーミン谷のあり方は、現代に向けた一つのヒントとして見直されています。
ムーミン谷の住人たちは、誰かを「完全に理解しよう」とはしていません。その代わり、「分からない部分も含めて、あの人はあの人」と受け止め、距離感を保ちながら付き合っていきます。無理に一体化しようとせず、違いを消そうともしない。この「ゆるやかなつながり方」は、現代社会における多様性の尊重とも響き合うものです。
番組は、こうしたムーミン谷の姿を通して、「多様性」という言葉だけでは捉えきれない、人と人との関係の細やかな感覚を描き出そうとしています。それは、「寛容でありましょう」と説教するのではなく、物語の中のキャラクターたちの姿を見つめることで、視聴者が自然と自分の中の価値観を見つめ直す時間を提供する試みでもあります。
子ども時代の思い出から、大人としての読み直しへ
ムーミンは、日本でもアニメや絵本を通じて広く親しまれてきました。子どもの頃、ただ「かわいいキャラクター」として楽しんでいた人も多いでしょう。しかし、今回の番組のように、宗教性や人生観というテーマから改めて作品に触れてみると、過去には気づかなかった深い意味が見えてきます。
たとえば、ムーミンたちが経験する「別れ」や「季節の移ろい」は、子どもの目には冒険の一場面として映っていたかもしれません。大人になって読み返すと、それが「変化を受け入れること」や「失うことを通じて得られるもの」といった、人生そのものに関わるテーマに直結していると感じられる場面も多くあります。
「シリーズ ファンタジーに秘められた宗教」のムーミン回は、そうした「大人としての読み直し」を後押ししてくれる番組だと言えます。幼い頃に親しんだ物語を、人生経験を重ねた今、宗教性という新たな視点から見直すことで、自分自身の生き方や大切にしたい価値観にあらためて気づく人もいるでしょう。
Eテレだからこそできる「静かな問いかけ」
近年、エンターテインメントの世界では、テンポの速い作品や強い刺激を伴うコンテンツが注目されがちです。その一方で、NHK Eテレ「こころの時代」のように、落ち着いた語り口で、ゆっくりと問いを投げかける番組は貴重な存在です。
今回のムーミン特集も、派手な演出ではなく、作品の世界や専門家の言葉を丁寧にすくい上げながら、視聴者が自分のペースで考えを深められる構成となっています。毎月第1月曜日の夜10時50分という静かな時間帯に、戦禍のフィンランドで生まれた物語に耳を傾け、「違い」とどう向き合うか、自分の心に問い直してみる。そんな穏やかな視聴体験が用意されています。
ムーミン谷の住人たちが教えてくれるのは、「正しい答え」よりも、「迷いながらも共に生きようとする姿勢」そのものです。その姿に、宗教という言葉を使うかどうかは見る人に委ねられていますが、「生きることの意味を問い直す」という点で、宗教的な営みと深くつながっていると言えるでしょう。
ムーミンが今も私たちの心を惹きつける理由
「ムーミン」が生まれてから、すでに長い年月が経ちました。それでもなお世界中で読み継がれ、愛され続けているのは、作品が描くテーマが時代を超えて普遍的だからです。戦後のフィンランドで生まれた物語が、現代の日本に住む私たちの心にも響くのは、「違う者同士がどう共に生きるか」という問いが、今も変わらず私たちの前に立ちはだかっているからではないでしょうか。
Eテレの「シリーズ ファンタジーに秘められた宗教」は、そうした普遍的な問いを、親しみあるファンタジー作品を入り口にして考えさせてくれる企画です。ムーミン谷で暮らす多様なキャラクターたちの姿を通して、「自分にとっての『違い』とは何か」「その違いをどう受け止めていきたいか」を、そっと見つめ直す時間を提供してくれます。
子どもの頃にムーミンが好きだった人も、名前だけは知っているという人も、これを機に改めて作品に触れてみてはいかがでしょうか。1945年、戦禍のフィンランドで生まれたこの物語は、今を生きる私たちにも、静かであたたかなメッセージを投げかけてくれます。



