「食害魚」クロダイをおいしく食べて水産資源を守る ― 岡山発の新たな挑戦
近年、瀬戸内海沿岸を中心に、「チヌ」の名で親しまれるクロダイが、ノリやワカメなどの海藻を大量に食べてしまう「食害魚」として問題視されています。
黒い体と強い歯を持つクロダイは、本来は人気の釣り魚・食用魚ですが、数が増えすぎたことで、ノリ養殖業者や漁業者に大きな被害をもたらしているのです。
しかし今、そんな「厄介者」のクロダイを、逆に「地域の特産品」として生かす動きが岡山県で広がりつつあります。キーワードは、「食べて減らす」水産保全です。
クロダイが「食害魚」と呼ばれる理由
クロダイは、雑食性の魚で、貝類や甲殻類だけでなく、ノリやワカメなどの海藻も好んで食べます。
瀬戸内海沿岸の浅場や藻場に多く生息し、とくに冬場から春先にかけて、養殖されているノリ網や、天然の海藻を集中的に食べてしまうことが問題になっています。
ノリ養殖では、海に張った養殖網にノリが生え、その葉を収穫して乾燥させたものが「板のり」として出荷されます。ところが、クロダイが増えすぎると、
- せっかく育ったノリを食べ尽くしてしまう
- 食べられた部分から破れやすくなり、網の傷みが早まる
- 収穫量が大きく落ち、養殖業者の収入に打撃を与える
といった被害が起こります。
瀬戸内海では、かつて豊かだった藻場が減少傾向にあり、その一因として、クロダイなどによる食害が指摘されています。藻場は、多くの魚や貝の「ゆりかご」となる大切な場所ですから、その消失は海の生態系全体にも影響します。
生息数の増加と漁業への影響
クロダイの生息数が増えた背景には、いくつかの要因があると考えられています。
- 沿岸域の水質改善により、クロダイが暮らしやすい環境が広がった
- 天敵となる大型魚が減少し、食物連鎖のバランスが崩れた
- 地球温暖化に伴う水温上昇で、越冬がしやすくなった可能性
こうした複合的な要因によって、クロダイの資源量は増加傾向にあるとされ、一部の海域では、ノリや他の海藻に対する食害が目立つようになりました。
その結果、
「漁獲しても値段がつきにくい」「扱いにくい魚」
として、クロダイを敬遠する漁業者も少なくありませんでした。
しかし、見方を変えれば、これは「活用されていない資源が海に大量にいる」ということでもあります。そこで浮かび上がってきたのが、「食害魚を積極的に食べることで、海のバランスを整え、漁業被害を減らそう」という考え方です。
「食べて減らす」水産保全という発想
「食害魚」というとマイナスの印象が強いですが、本来、クロダイは古くから食べられてきた魚であり、刺身や塩焼き、煮付け、鍋物など、さまざまな料理で楽しめます。
ただ、タイの仲間であるマダイなどと比べると、やや評価が低く、流通や商品化の面で十分に活かされてこなかった面があります。
そこで岡山県内の水産関係者や加工業者は、「どうすればクロダイの価値を高め、消費を増やせるか」を考えました。
その結果生まれたのが、「クロダイを使った混ぜご飯や缶詰」、そして「チヌを使った鯛とば」といった、新たな特産品づくりの取り組みです。
クロダイを使った混ぜご飯・缶詰の商品化
ある取り組みでは、「食害魚」として敬遠されがちなクロダイの身を活用し、家庭でも手軽に楽しめる加工品の開発が進められました。代表的なものが、クロダイを使った混ぜご飯の素や缶詰です。
混ぜご飯の素では、クロダイの身を一度加熱し、骨を取り除いてほぐした上で、出汁や調味料と合わせて、ご飯に混ぜるだけで食べられるように工夫しています。
クロダイのしっかりした旨味と、ほんのりした甘みが、家庭の食卓で手軽に味わえることから、魚が苦手な子どもでも食べやすいと評判です。
缶詰商品についても、保存性が高く、非常食や備蓄食としても活用できるのが強みです。味付けを工夫し、和風だけでなく洋風・エスニック風など、バリエーションを持たせることで、幅広い世代に親しんでもらえるような工夫がなされています。
このような加工品が普及すれば、
- クロダイの漁獲量が増え、食害の抑制につながる
- 漁業者にとって新たな収入源となる
- 消費者は手軽においしい魚料理を楽しめる
といった「三方よし」の効果が期待できます。
「ノリ食べる厄介者」を特産品に ― 岡山発の「鯛とば」
岡山県では、クロダイの地域名である「チヌ」を前面に出した新商品「鯛とば」が開発されました。
「とば」は、北海道のサケの珍味などで知られるように、魚を細く裂いて乾燥させた保存食・おつまみの一種です。これを、マダイではなく、あえてチヌ(クロダイ)で作ったものが「鯛とば」です。
岡山県内の仲卸売会社が中心となり、水揚げされたクロダイを吟味し、身を細く切り分けて味付けしたうえで、じっくりと乾燥させる製法が採用されています。
噛むほどに旨味が広がり、クロダイならではのコクのある味わいが楽しめることから、
「ノリを食べる厄介者が、実は絶品のおつまみになった」
と話題を呼んでいます。
仲卸売会社の挑戦 ― 「チヌ鯛とば」誕生の背景
岡山県の水産物を扱う仲卸売会社は、これまでにも地域の魚介類を活かした加工品を手がけてきました。しかし、近年顕在化してきたクロダイによるノリ被害を目の当たりにし、「問題となっている魚を、価値ある商品へと変えたい」という思いから、チヌを使った「鯛とば」の開発に踏み切りました。
開発にあたっては、
- クロダイ特有の風味を引き出しつつ、食べやすい味付けにする
- 骨や小骨を極力取り除き、安心して食べられる形にする
- 常温で保存できるよう、水分量や衛生管理に配慮する
といった課題を一つずつクリアしていったとされています。
完成した「チヌ鯛とば」は、地元の直売所や物産展などで販売され、観光客や地元住民の間で徐々に認知が広まりつつあります。
「食害魚」を特産品に変える意義
クロダイを混ぜご飯や缶詰、「鯛とば」などの形で商品化する取り組みは、一見すると小さな地域の工夫に見えるかもしれません。しかし、この動きには、現代の水産業や環境保全にとって大きな意味があります。
1. 資源の有効活用
これまで十分に活かされてこなかった魚を、工夫して商品化することで、限りある水産資源を無駄にしない方向へ舵を切ることができます。
2. 海の環境の保全
食害の主因となる魚を計画的に漁獲し、消費につなげることで、ノリや海藻の被害を抑え、藻場の保全につながる可能性があります。もちろん、乱獲にならないよう、資源量を見ながら調整していく必要があります。
3. 地域経済の活性化
新たな特産品が生まれれば、漁業者や加工業者の収入源が増えるだけでなく、観光や物産展などを通じて地域の魅力を発信するきっかけにもなります。
消費者としてできること ― 「チヌを選んで食べる」という選択
クロダイの混ぜご飯や缶詰、「チヌ鯛とば」といった商品は、単なる「珍しい商品」ではなく、
「食べることで水産資源のバランスを整える」
という意味を持った食品です。
消費者一人ひとりが、スーパーや物産展でクロダイ関連の商品を手に取り、日々の食卓で楽しむことが、結果的に、
- ノリやワカメなどの養殖業者を支える
- 海の藻場を守る
- 地域の水産業を支援する
ことにつながっていきます。
「環境にやさしい選択」というと難しく感じられるかもしれませんが、まずは「おいしそうだから食べてみる」というところから始めてもよいのかもしれません。
今後に向けた課題と展望
とはいえ、クロダイをめぐる課題は、商品化だけで一挙に解決するわけではありません。今後も、次のような点に注意しながら取り組みを進めていく必要があります。
- クロダイの資源量を継続的に調査し、適切な漁獲量を見極めること
- 加工・流通の体制を整え、安定して市場に供給できる仕組みを作ること
- 消費者への情報発信を続け、クロダイのイメージを「厄介者」から「おいしい地域の魚」へと変えていくこと
岡山県で始まった「チヌの鯛とば」や混ぜご飯・缶詰のような試みは、他の地域でも応用できる可能性があります。たとえば、各地で問題となっている他の「食害魚」や増えすぎた外来魚などに対しても、「おいしく食べることで活かす」というアプローチが広がるかもしれません。
海の環境や水産資源の問題は、一見すると遠い世界の出来事に思えるかもしれません。しかし、私たちが毎日口にする「魚」を通じて、その課題と向き合い、解決の一端を担うことができます。
岡山発のクロダイ活用の動きは、その一歩となる試みと言えるでしょう。




