岡本多緒が体現する“いのち”の時間――濱口竜介監督『急に具合が悪くなる』、カンヌで喝采とともに船出

フランス南部で開催中のカンヌ国際映画祭で、濱口竜介監督の最新作『急に具合が悪くなる』が公式上映され、会場は長い拍手に包まれました。主演の一人として大きな注目を集めているのが、日本人俳優・岡本多緒さんです。

本作は、がんの転移を経験した哲学者と、医療やケアの現場を見続けてきた人類学者による往復書簡集『急に具合が悪くなる』(宮野真生子・磯野真穂/晶文社)を原作に、濱口監督が映画として再構築したもの。「介護」と「ケア」、そして「人と人のつながり」を静かに、しかし力強く描いた大作として、世界の映画ファンからも関心が寄せられています。

カンヌ映画祭での公式上映――スタンディングオベーションと高い評価

カンヌ国際映画祭コンペティション部門に正式出品された『急に具合が悪くなる』は、現地での公式上映後、観客から大きな拍手喝采を受けました。時事通信の報道によれば、上映後にはスタンディングオベーションが続き、人のつながりを丁寧に描いた濱口監督の演出と、俳優陣の繊細な演技が高く評価されたと伝えられています。

本作は、『ドライブ・マイ・カー』でアカデミー賞国際長編映画賞とカンヌ脚本賞、『悪は存在しない』でヴェネチア国際映画祭銀獅子賞を受賞してきた濱口監督にとって、新たな挑戦ともいえる作品です。「介護」「終末期医療」「ケア」というテーマを正面から捉えつつ、過度な説明を避け、登場人物たちの会話と沈黙から“生きること”の意味を浮かび上がらせています。

フランス文化と日本文化が交差する物語

物語の舞台はフランス・パリ。セーヌ川沿いで新作舞台に挑む日本人演出家・真理と、パリ郊外の介護施設「自由の庭」を運営するフランス人女性マリー=ルー。この二人の女性が、数日の出会いの中で深い絆を育んでいく姿が描かれます。

  • 真理(演:岡本多緒)…末期がんを抱えながらも、自身の演出する舞台に全身全霊を注ぐ演出家。
  • マリー=ルー(演:ヴィルジニー・エフィラ)…人間らしいケアを理想とし、パリ郊外の介護施設「自由の庭」を切り盛りする施設長。

日本語とフランス語が織り交ざる台詞や、パリの街並み、介護施設の光景など、フランス文化と日本文化が自然に交差する空気感も、この作品の大きな魅力です。カンヌでの公式上映では、「両国の文化が見事に融合した作品」とする声も多く聞かれたと報じられています。

岡本多緒が演じる「真理」――身体の変化と内面の揺らぎを映す

本作で注目されているのが、真理役を演じる岡本多緒さんの存在感です。モデルとして国際的に活躍し、映画やドラマでも独自の雰囲気を放ってきた岡本さんですが、本作では3時間超に及ぶ二人芝居の中で、病と向き合う女性の複雑な心情を、静かな演技の積み重ねによって体現しています。

真理は、末期がんであることを自覚しながらも、自分の身体の変化を「出来るだけ作品の一部として引き受けよう」とするような人物です。周囲に弱音を見せることをためらい、仕事に対しては妥協を許さない一方で、マリー=ルーとの交流を通じて、「ケアされること」を受け入れていく過程が丁寧に描かれます。

岡本さんの演技は、涙や叫びに頼るのではなく、ほんのわずかな表情の変化や間の取り方で、真理の心の揺れを表現している点が特徴的です。カンヌでの上映後には、海外メディアからも「岡本多緒の静かな強さが心に残る」「言葉を超えた演技」といった評価が寄せられています。

「介護」「ケア」をめぐる対話――マリー=ルーとの関係性

マリー=ルーを演じるヴィルジニー・エフィラは、フランスを代表する俳優の一人です。社会的テーマを扱う作品への出演も多く、今回は、人手不足やスタッフの無理解に悩みながらも、入居者を「人間として尊重するケア」を模索する施設長を演じています。

真理とマリー=ルーは、初対面こそどこか距離がありますが、会話を重ねるうちに、介護する側/される側という関係を越えた、共鳴と対話の時間を築いていきます。

  • 仕事としての「介護」と、個人としての「ケア」の違い
  • 「自立」と「依存」のあいだで揺れる感情
  • 病と共に生きる人を、どう受け止め、支えるのか

こうしたテーマが、押しつけがましいメッセージではなく、二人の会話と沈黙を通じて、観客自身に問いかけられるような構成になっています。岡本さんは、真理として、時に言葉を詰まらせながら、自分の弱さをさらけ出す瞬間も見せますが、それがマリー=ルーの側の変化も促していきます。

原作『急に具合が悪くなる』と映画の関係

原作となった『急に具合が悪くなる』は、がんの転移を経験した哲学者・宮野真生子さんと、人類学者・磯野真穂さんによる20通の往復書簡です。病や死を前にした恐れや怒り、そこから見えてくる世界の美しさ、医療やケアの現場での違和感などが、率直な言葉で綴られています。

映画版は、この往復書簡の語りをそのまま再現するのではなく、真理とマリー=ルーという二人のキャラクターに、原作の視点や感情を溶け込ませた構成になっていると紹介されています。哲学的な問いや医療現場への視線は、脚本の端々に姿を変えて現れ、岡本さんのセリフや表情として観客に届きます。

『急に具合が悪くなる』公開記念――濱口竜介監督特集上映《突然、偶然、必然》

本作の公開にあわせて、国内の劇場では「濱口竜介監督特集上映《突然、偶然、必然》」が企画されています。『急に具合が悪くなる』を入り口に、濱口作品に初めて触れる観客が、過去作もまとめて見られる機会となります。

特集上映では、『ドライブ・マイ・カー』『寝ても覚めても』『偶然と想像』『悪は存在しない』など、監督の代表作がラインナップ。偶然の出会いが人生を変えていく様子や、必然のように見える出来事の背後にある「選択」を描いてきた濱口作品の軌跡をたどることができます。

《突然、偶然、必然》というタイトルは、『急に具合が悪くなる』の世界とも響き合っています。病の発覚は「突然」かもしれませんが、その人がどう生きてきたか、周囲との関係性は「必然」とも言えます。そして、そのあいだにあるささやかな「偶然」の出会い――真理とマリー=ルーの出会いも、まさにその一つです。

岡本多緒という俳優が、いま注目される理由

今回のカンヌでの喝采は、岡本多緒さんにとってもキャリアの新たな節目となりそうです。モデルとしてグローバルな活動を続けてきた岡本さんは、映像作品への出演については、これまで比較的慎重に作品を選んできた印象があります。

濱口監督の作品に主演として参加したことで、「言葉の少ない役柄の中で、どれだけ豊かな感情を伝えられるか」という難しい課題に向き合うことになりました。カンヌでの反応は、その挑戦が結実したことを示していると言えるでしょう。

また、国際共同制作である本作を通じて、岡本さんは、日本とフランスの映画人をつなぐ存在としても注目されています。日本語とフランス語が飛び交う現場で、互いの文化や価値観が交錯すること自体が、映画のテーマとも重なっていきます。

観客に問いかける「ケアすること」「ケアされること」

『急に具合が悪くなる』は、医療や介護の専門用語を多用して説明する映画ではありません。むしろ、ごく個人的な感情の揺れや、ふとした一言の重みをじっくりと見つめることで、観客に「ケア」とは何かを考えさせる作品です。

高齢化が進む日本でも、介護や看取りは多くの人にとって身近なテーマになりつつあります。にもかかわらず、自分自身の言葉で語ることが難しい領域でもあります。本作で真理を演じる岡本多緒さんは、その「言葉になりにくい感情」を、身体と沈黙を通して表現する役割を担っています。

観客は、真理とマリー=ルーのやりとりを通して、次のような問いを自然と突きつけられます。

  • 自分が「急に具合が悪くなった」とき、どのように生きたいのか。
  • 大切な人が病や老いに直面したとき、自分は何ができるのか。
  • 「ケアすること」と「相手の主体性を尊重すること」をどう両立させるのか。

それらに明確な答えを提示するのではなく、一人ひとりが自分の中で考え、言葉を探していくためのきっかけを与えてくれる――その意味で、『急に具合が悪くなる』は、静かでありながら長く心に残る作品になりそうです。

まとめ――“拍手喝采”の向こうにある、静かな余韻

カンヌ映画祭でのスタンディングオベーションや「フランス文化と日本文化が見事に融合した」との評価は、もちろん華やかなニュースです。しかし、本作の本質は、岡本多緒さんをはじめとする俳優たちが、一つひとつの感情と対話に誠実に向き合った結果として生まれた、静かな余韻にあるのかもしれません。

カンヌからの熱気とともに、日本では特集上映《突然、偶然、必然》も開催され、濱口作品に触れる機会が広がっています。『急に具合が悪くなる』は、国や世代を超えて、多くの人にとっての「自分の物語」として受け止められていくでしょう。

岡本多緒さんがスクリーンの中で体現した「いのちの時間」は、観客の心にどのように響くのか。今後の上映を通じて、その答えが少しずつ見えてくるはずです。

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