関西の春の風物詩「イカナゴ」が危機的状況に 水温上昇で「夏眠」できず漁獲量が過去最低レベルに
関西の春を代表する食材として親しまれてきたイカナゴが、かつてない危機的な状況に直面しています。兵庫県立農林水産技術総合センター水産技術センターが2月24日に発表した「イカナゴシンコ(新子)漁況予報」によると、今春の漁獲量は播磨灘、大阪湾、紀伊水道の3海域とも平年を大きく下回ると予想されており、昨年に続いて厳しい漁模様が確実視されています。
深刻化する漁獲量の減少
イカナゴの漁獲量の減少は、今に始まったことではありません。2017年に急減してから、その後も低水準が続いています。特に危機的なのは、ここ数年の落ち込みの速さです。かつてイカナゴの漁獲量は1万5千トンから3万トン程度で推移していましたが、平成15年以降は1万トン程度にまで減少しました。その後、平成29年以降はさらに大幅に減少し、2千トンを下回る水準となってしまいました。
令和3年(2021年)には142トンにまで落ち込んだ後、わずかに回復傾向が見え始めましたが、以前の漁獲量には遠く及ばない状況が続いています。そして2024年からは再び激減傾向にあり、現在では100トンにも及ばない漁獲量にまで減少しているのです。
兵庫県の調査結果が示す深刻な実態
2025年12月から2026年1月にかけて実施された調査では、イカナゴの産卵量と稚魚の分布状況が明らかになりました。推定産卵量は昨年の1.5倍に増えたものの、平年の わずか5%にとどまったという深刻な状況です。稚魚数に至っては、播磨灘で昨年の半分に減り、平年の0.6%まで落ち込んだとのこと。大阪湾でも昨年の1.7倍に増えましたが、それでも平年の4%に過ぎません。
兵庫県水産技術センターによると、親魚の調査でも同様に深刻な結果が出ています。主産卵場である鹿ノ瀬海域での親魚密度及び産卵量指数の両方が、平年値を大きく下回ったのです。さらに、1調査点あたりの平均採集尾数は、近年の不漁年の中でも分布量は低水準で、播磨灘では最低値を記録してしまいました。
大阪湾では3年連続の自主禁漁へ
昨年のイカナゴシンコ漁では、大阪湾で自主休漁が実施され、播磨灘も3日間で終漁となってしまいました。そして今年、大阪湾では3年連続の「自主禁漁」となる可能性が高まっています。これは漁業関係者にとって深刻な経営危機を意味するものです。
謎を解いた研究結果:水温上昇が引き起こす連鎖反応
このような危機的な状況の中、広島大学大学院統合生命科学研究科の冨山毅教授と国立研究開発法人水産研究・教育機構水産技術研究所の米田道夫主任研究員らの研究グループが、イカナゴ激減の主要因を明らかにしました。
研究結果によると、瀬戸内海東部におけるイカナゴの漁獲量が2017年に急減した背景には、水温上昇、餌不足、捕食者の増加が複合的に作用していたことが判明したのです。
特に注目すべきは、このメカニズムの詳細です。まず、水温が上昇し、それと同時にイカナゴの主食となる餌が不足してしまいました。エサが不足しているイカナゴは、充分なエサを蓄えるために活動期間が延びてしまいます。その結果として、イカナゴが捕食者と遭遇する機会が増加してしまったのです。
つまり、水温上昇という大きな環境変化が、餌不足という問題を引き起こし、それがさらに捕食のリスクを高めるという、負の連鎖が生じてしまったわけです。2016年にイカナゴが捕食される危険性が急激に高まり、これが2017年の漁獲量の急減につながった主要因となったのです。
「夏眠」ができない深刻な状況
もう一つ、今回明らかになった極めて重要な現象が「夏眠」の問題です。イカナゴは本来、春から初夏にかけて活動し、夏には海の深いところに沈んで休眠する、いわば「夏眠」という生態を持っています。しかし、海水温の上昇によって、この自然なサイクルが乱されています。
適切な温度環境が失われると、イカナゴが「夏眠」できないという異常な状態が発生します。これにより、イカナゴは本来ならば安全に過ごすべき夏季において、活動を強いられ、捕食のリスクが高まるのです。このような環境の急激な変化に、イカナゴという種が適応できていないことが、現在の危機的な状況を招いているのです。
漁業者たちの切実な思い
調査船に乗り込んでみると、普段なら準備が整っているはずのイカナゴ網が片付けられたままになっています。「頼むから獲れて」という漁業者の切実な思いが、この風景から伝わってきます。イカナゴ漁に従事する者たちにとって、春は一年で最も重要な季節です。その季節の漁獲がほぼ見込めないということは、生活の危機を意味しています。
資源管理の必要性が高まる
兵庫県の漁況予報では、注記として「イカナゴの資源量は近年危機的な状況にあることから、産卵親魚を最大限に残すための取組がこれまで以上に必要である」と述べられています。
つまり、今後の対策としては、単に現在の漁況に対応するだけではなく、産卵親魚の保護を徹底することで、イカナゴの資源を回復させることが急務となっているのです。休漁や禁漁といった措置は、短期的には漁業者に大きな負担をもたらしますが、長期的な資源回復のためには避けられない選択肢なのです。
海水温の上昇という地球規模の環境問題が、私たちの食卓に直結する影響をもたらしています。関西の春の風物詩として愛されてきたイカナゴを守るためには、気候変動への対策と同時に、現在の危機的な状況に対する適切な資源管理が必要とされているのです。




