世界遺産・白川郷にいま何が起きているのか――インバウンド減少と「観光公害」、そして継承への模索
岐阜県・白川村の世界遺産集落白川郷が、ここ数年続くインバウンド(訪日外国人旅行客)の急増と、その反動ともいえる中国本土からの団体客減少という、大きな変化の波に揺れています。
人口およそ500人の小さな集落に対し、年間外国人客だけで111万人が訪れたと報じられ、「そろそろ限界」との声が上がるほど、観光による負担が地域社会にのしかかっています。一方で、観光バス運転手が「12月末頃から中国本土のツアー客はほとんど乗せていない」と語るなど、特定の国・地域からの旅行需要が急減する動きも出ています。
今、白川郷で何が起きているのか。観光公害と呼ばれる問題、過疎・高齢化が進む村の現状、そして「観光客も村民も満足できる場所」をめざす模索の姿を、やさしく整理してお伝えします。
インバウンド急増の陰で深刻化した「観光公害」
まず押さえておきたいのは、白川郷が岐阜県内で最も外国人に人気の観光地になっているという事実です。訪日客向けの調査では、岐阜県のインバウンド人気スポットランキングで第1位が白川郷となっています。口コミもわずか1か月で約320件の外国語レビューが寄せられるなど、世界的な注目度は非常に高くなっています。
合掌造り集落の美しい景観や、日本の原風景ともいえる農村文化・生活・暮らしに触れられる点が、国内外の旅行者から高く評価されています。しかし、その人気があまりに高まったことで、次のような問題が顕在化してきました。
- 道路渋滞:集落周辺の道路が観光バスや自家用車で混雑し、住民の移動に支障が出る。
- 駐車場不足:繁忙期には駐車場が満車になり、路上駐車や違法駐車が発生しやすくなる。
- 生活環境への影響:人の流れが絶えず、静かな暮らしが難しくなる。騒音やごみ問題も懸念される。
- 文化的景観の負担:細い道に人が溢れ、合掌造りの家々の前での撮影が過度になるなど、住民の精神的負担も増す。
こうした状況が、メディアやSNSで「観光公害」として取り上げられるようになりました。特に、人口規模に対して外国人観光客があまりにも多いことが問題の根底にあり、「受け入れの体制が追いつかない」「このままでは村の暮らしが守れない」という危機感が、地域内で高まっています。
中国本土からのツアー客減少――「渡航自粛」の影響
一方で、この冬に入ってから新たな変化も生まれています。観光バス運転手の証言として、「12月末頃から、中国本土のツアー客をほとんど乗せていない」という声が報じられました。背景には、中国側での渡航自粛の呼びかけや、国際情勢・経済状況の変化などがあるとみられます。
これにより、白川郷に押し寄せていた団体ツアー客の一部が急減し、現場では次のような変化が見られています。
- 大型バスの本数が減り、特定時間帯の人の波がやや落ち着いた。
- アジア系観光客の構成が変化し、個人旅行客や別の地域からの旅行者が相対的に目立つようになった。
- 一方で、バス会社や旅行会社にとっては収益減少の不安材料にもなっている。
観光公害とも言われるほどの混雑が少し和らいだという見方もある一方で、「団体客に依存してきた観光ビジネスはどうなるのか」という、新たな課題も浮かび上がっています。
「世界遺産」を守る責任と、生活の場としての白川郷
白川郷の合掌造り集落は、1995年にユネスコの世界文化遺産に登録されました。評価されたのは、合掌造りの美しい建物や景観だけでなく、雪深い山間地で育まれた相互扶助の暮らしや、農村文化そのものです。
白川郷観光協会も、「日本の原風景である農村文化・生活・暮らしを深く感じることができる、『日本の故郷』のような場所」として、この地域の価値を発信しています。つまり、白川郷は「観光施設」ではなく、そこに暮らす人々の生活の場でもあります。
ところが、観光客が急増する中で、次のような矛盾が強まってきました。
- 景観を守るために建物を維持するには、資金も人手も必要 → そのためには観光収入が重要。
- しかし観光客が増えすぎると、住民の暮らしが圧迫され、生活の質が下がる。
- 過疎と高齢化が進み、合掌造りを維持する担い手も減少している。
このジレンマの中で、村では「観光客も村民も満足する場所にしたい」という思いを共有しながら、具体的な解決策を模索し続けています。
進む過疎・高齢化と、白川郷継承への不安
白川村は、全国的な地方の課題と同じく、人口減少と高齢化が進んでいます。若い世代が都市部へと流出し、残された住民の平均年齢は高くなりつつあります。
合掌造りの家屋は、定期的な屋根の葺き替えや補修が欠かせません。茅葺き屋根の維持には、多くの人手と技術が必要で、地域の人々が協力し合う「結(ゆい)」と呼ばれる助け合いの仕組みも大きな役割を担ってきました。ところが、住民数が減り高齢化すると、この「結」の担い手も不足していきます。
そのため、「この先10年、20年と、今の景観や暮らしを守っていけるのか」という不安は、村にとって切実な問題です。観光収入は重要な財源ではあるものの、それだけでは解決できない課題も多く残されています。
観光公害への対策と、受け入れの工夫
白川郷では、観光客と住民のバランスを取るため、さまざまな取り組みが進められています。
- 駐車場の予約制・台数制限:ライトアップイベント時には普通車駐車場の予約制を導入し、すでに完売となるなど、受け入れ台数をコントロールする動きが見られます。
- イベント日の注意喚起:ライトアップ開催日に向けて、混雑回避やマナー順守を呼びかける案内を公開し、観光客にも協力を求めています。
- 冬季の安全情報発信:白川郷や飛騨地域へ車で向かう旅行者に向け、「スタッドレスタイヤ必須」「凍結しやすい場所の注意」など、交通安全に関する情報を詳しく発信しています。これは、観光客自身の安全確保と、事故による渋滞・トラブル防止という意味で重要な取り組みです。
こうした対策は、「来る人を減らす」ことが目的ではなく、「来る人も、暮らす人も、安全で快適でいられるようにする」ための工夫だといえます。
「観光客も村民も満足する場所」を目指して
白川郷では、観光による恩恵と負担をどう分かち合うか、模索が続いています。地域ニュースなどでは、「観光客も村民も満足する場所に」という言葉がキーワードとして取り上げられています。
そのためのポイントとして、次のような方向性が意識されています。
- 量より質の観光へ:一度に大量の団体客を受け入れるのではなく、村の暮らしや文化を丁寧に体験してもらうスタイルへとシフトする。
- 滞在型・体験型観光の推進:合掌造りの宿に泊まったり、周辺の温泉や自然体験を組み合わせることで、単なる「写真スポット」ではない魅力を知ってもらう。
- マナー向上と情報発信:写真撮影のマナー、生活道路への侵入を控えること、ごみの持ち帰りなどを多言語で案内し、観光客の理解と協力を得る。
- 住民の声を反映したルールづくり:駐車場の場所や通行規制の時間帯など、村民の生活を優先しつつ、観光客の受け入れも両立できる仕組みを検討する。
これらは、一朝一夕に成果が出るものではありません。それでも、世界遺産としての責任と、「ここで暮らし続けたい」という住民の思いを両立させるため、地道な取り組みが続けられています。
白川郷を訪れる人ができる、ささやかな配慮
白川郷の課題は、村だけの問題ではありません。訪れる一人ひとりの行動が、村の未来を左右します。旅行者ができる配慮としては、次のようなことが挙げられます。
- 生活の場であることを意識する:集落内は観光施設ではなく、人が暮らしている場所だと考え、静かに行動する。
- 撮影マナーを守る:私有地に立ち入らない、住民のプライバシーに配慮する、ドローン撮影のルールを確認する。
- ごみを出さない・持ち帰る:景観を守るためにも、ゴミ箱が少ないことを前提に行動する。
- 交通ルールと安全への配慮:冬季はスタッドレスタイヤやチェーンを準備し、凍結しやすい場所では無理をしない。
- 地元の店・宿を利用する:飲食店や土産物店、合掌造りの民宿などを利用することで、地域の経済を支える。
こうした小さな配慮の積み重ねが、「観光客も村民も満足する白川郷」に近づく一歩になります。
変化の時代を迎えた白川郷
インバウンド急増による観光公害、特定国からの団体客減少、過疎と高齢化、そして世界遺産としての継承――白川郷が直面している課題は決して小さくありません。
それでも、村は一方的に観光を拒むのではなく、「どうすれば無理なく受け入れられるか」「どうすればこの景観と暮らしを守れるか」を、試行錯誤し続けています。観光客にとっても、単に「有名な写真映えスポット」ではなく、人々の暮らしと歴史が息づく場所として向き合うことが求められていると言えるでしょう。
白川郷を訪れることは、日本の原風景に出会う旅であると同時に、「観光と地域社会のこれから」を考えるきっかけにもなっています。これからも、この小さな山あいの村が、住む人にとっても訪れる人にとっても大切な場所であり続けられるよう、私たち一人ひとりの関わり方が問われています。



