世界初の「第5世代潜水艦」輸出へ ポーランドがスウェーデンA26型を選定 韓国の原潜構想と日本への影響も
世界の安全保障環境が不透明さを増すなか、「第5世代潜水艦」と呼ばれる最新鋭の通常動力型潜水艦が、ついに本国以外への輸出段階に入りました。ポーランドがスウェーデン・サーブ社のA26型潜水艦を導入する方針を示し、バルト海地域の軍事情勢にも変化が生まれつつあります。一方、東アジアでは韓国の原子力潜水艦保有構想が動き出し、日本周辺の海中バランスにも少なからぬ影響を与える可能性があります。本記事では、話題となっている「第5世代潜水艦」の特徴と課題、そして韓国原潜構想と日本への影響を、できるだけやさしい言葉で整理してお伝えします。
ポーランドが選んだ「第5世代潜水艦」A26型とは
ポーランド国防省は2025年11月26日、老朽化したソ連製キロ級潜水艦「オジェル」の後継として、スウェーデン防衛企業サーブ社が開発中のA26型潜水艦を調達する方針を明らかにしました。年内に3隻の購入契約を結ぶ見通しとされています。
サーブ社はこのA26型を「世界初の第5世代潜水艦」と位置づけており、その肩書きが今回、大きな注目を集めるきっかけとなりました。
- 建造・開発国:スウェーデン(サーブ社)
- 購入国:ポーランド(初の本国以外の導入国)
- タイプ:通常動力型潜水艦(ディーゼル電気推進+AIPとされる)
- 排水量:約2000トン
- 全長:約66mの小型艦
- 想定海域:バルト海など水深の浅い海
バルト海は、平均水深が比較的浅く、海岸線が入り組み、周辺国も多い、いわば「狭くて込み入った海」です。このような環境では、大型で高速な深海用潜水艦よりも、小回りが利き、静かで、隠れやすい艦が重宝されます。A26型は、まさにそうした環境に最適化された設計といえます。
なぜ「第5世代」なのか A26型の優れたポイント
「第5世代潜水艦」という呼び名は、戦闘機における「第5世代戦闘機」と同じように、
- ステルス性(見つかりにくさ)の向上
- センサー・情報処理能力の大幅な強化
- ネットワーク連接能力(他の艦艇や航空機、無人機との連携)
といった現代的な要素を強く打ち出したマーケティング用のコンセプトでもあります。サーブ社はA26型を、従来の「第4世代」潜水艦よりさらに一段進化した「5番目の世代」として売り出しています。
公開されている情報から、A26型の優位性として指摘される点を、分かりやすくまとめると次のようになります。
A26型の主な特徴
- 小型で取り回しが良い船体
全長約66m、排水量約2000トンと、原子力潜水艦に比べるとかなり小型です。狭い海峡や入り組んだ沿岸部で活動しやすく、浅いバルト海に適しています。 - 高い静粛性(しずかさ)
詳細なデータは公表されていませんが、最新の防振技術や、船体設計により、騒音を極力抑えて敵のソナーに探知されにくいことがセールスポイントとされています。 - AIP(非大気依存推進)システムの採用
報道や従来のスウェーデン潜水艦の流れから、A26型も酸素を外気に頼らず発電・推進できるAIPを採用しているとされます。これにより、長時間、浮上やシュノーケル航行をせずに潜行し続けられるのが利点です。 - モジュラー設計と「マルチミッション・ポータル」
A26型を語るうえで象徴的なのが、船体前方の一部が「パカッ」と開くような構造の大型開口部(マルチミッション・ポータル)です。ここから特殊部隊(特殊作戦部隊)の出入りや、無人潜水機(UUV)の展開など、さまざまな任務に対応できます。つまり、一隻で多用途任務をこなせる柔軟性があるといわれます。 - 高度なセンサーと情報処理能力
具体的な搭載機器の型式はあまり公表されていませんが、「第5世代」を名乗る以上、デジタル化された戦闘指揮システムや高性能ソナー、他兵器とのデータ連接などが重視されていると考えられます。
このように、A26型は「小型」「静粛」「長時間潜航」「多用途性」といった特徴を組み合わせることで、沿岸防衛・特殊作戦・情報収集などを一隻でカバーできる近代的な通常動力潜水艦として設計されています。
一方で指摘される「重大な問題」
しかし、このA26型には、専門家や一部メディアから「重大な問題」も指摘されています。ここでいう問題は、技術的欠陥というより、「開発スケジュールとコスト、そしてコンセプトと現実のギャップ」といった性質のものが中心です。
1. 開発の遅れと実績不足
A26型は、スウェーデン海軍向けの発注から開発がスタートしましたが、
- 設計・仕様の見直し
- 予算面での調整
- 他国への売り込み戦略
などが影響し、就役までのスケジュールは当初計画よりかなり遅れているとされます。これは「第5世代」をうたう高い性能と引き換えに、開発の複雑さが増した結果ともいえます。
また、ポーランドが契約する時点でも、同型艦の運用実績がまだ十分にないことが懸念材料です。つまり、
- カタログ上では優秀だが、実戦レベルでどこまで信頼できるのか
- 保守・整備体制や故障時の対応など、運用上のノウハウがどこまで蓄積されているか
といった点が、輸入国にとっては大きなリスクとなり得ます。
2. 高コスト化と「過剰スペック」の懸念
マルチミッション・ポータルや高度な電子機器などを搭載することで、A26型は非常に多機能な潜水艦になっていますが、そのぶん建造費や維持費が高くなりやすい面があります。
特にポーランドのように、
- NATOの防衛義務を果たしつつ
- 国防予算にも限りがある
という国にとって、
- 「本当にそこまで高機能な潜水艦が必要か」
- 「より安価でシンプルな艦を複数そろえる方が効果的ではないか」
といった議論もあります。つまり、性能とコストのバランスに関する問題が「重大な問題」の一つとして取り上げられています。
3. 「第5世代」という言葉の独り歩き
もう一つのやっかいな点は、「第5世代潜水艦」という言葉自体が、国際的に明確な定義をもった技術用語ではないことです。戦闘機における「第5世代」も、各国の解釈に差があるように、潜水艦の「第◯世代」も、メーカーや専門家によって基準が異なります。
そのため、
- 「第5世代」という呼称が先行して、一人歩きしてしまう
- 実際の性能や運用能力、信頼性よりも、イメージ面が重視されてしまう
といった問題が懸念されています。この意味では、「第5世代」という言葉自体が、慎重に受け止めるべきマーケティング用語だといえるでしょう。
世界の潜水艦との比較:日本や米国の最新艦
A26型が「第5世代」を名乗る一方で、世界にはすでに、非常に高い技術水準を持つ潜水艦が多数存在します。
たとえば、アメリカ海軍のバージニア級原子力潜水艦は、「世界最強の攻撃型原潜」と評されており、静粛性やソナー性能、無人機との連携能力など、総合的に他国を圧倒しているとされます。最新のBlock V型では「バージニア・ペイロード・モジュール」により、トマホーク巡航ミサイルを最大40発搭載可能とされています。
また、日本の海上自衛隊が運用するたいげい型潜水艦は、通常動力型として世界最高水準と評価されており、
- リチウムイオン電池による長時間・高出力の潜航性能
- 高い静粛性と探知能力
を備えた「世界最大級」のディーゼル電気推進潜水艦です。2025年には6番艦「そうげい」が進水し、より高性能なソナーシステムや魚雷防御システム(TCM)を搭載していることも報じられています。
このように、米国の原潜、日本の最新通常動力潜水艦などと比べた場合、
- A26型は「第5世代」と名乗っていても、世界全体から見れば一つの有力選択肢にすぎない
- 「小型・多用途・浅海域向け」といったニッチな役割に特化した艦
と捉える方が、現実に近いと言えます。
韓国が動き出した「原子力潜水艦」構想
一方、東アジアでは韓国の原子力潜水艦(原潜)保有構想が動き始めています。詳細は専門レポートなどで議論されていますが、背景としては、
- 北朝鮮の核・ミサイル開発への対処
- 中国海軍の急速な海洋進出
- 米韓同盟の枠組みでの役割分担
などが挙げられます。
特に注目されたのは、米国側、なかでもトランプ政権期において、韓国の原潜保有に対する「一定の容認」や「技術協力の可能性」を示唆する発言があったことです。米海軍幹部からも、韓国が原子力潜水艦を持つことに前向きとも受け取れるコメントが出たと報じられ、日本でも「衝撃的な発言」として紹介されました。
もちろん、実際に韓国が原潜を就役させるには、
- 原子炉技術や燃料の問題
- 核拡散防止条約(NPT)など国際的な枠組みへの配慮
- 国内の法制度・安全対策
といったハードルが数多くあります。それでも、政治レベルで「原潜保有」が公然と議論されるようになったこと自体、東アジアの海中バランスに大きな変化をもたらす可能性があります。
韓国原潜が日本に与える影響
韓国が将来的に原子力潜水艦を保有した場合、日本への影響は大きく分けて次のような点が指摘されています。
- 1. 抑止力の構図が複雑化
北朝鮮や中国に対する抑止力という観点では、韓国原潜の登場はプラスの面もあります。ただし、日本から見ると、周辺海域で原潜を運用する国が増えることで、海自の警戒・監視任務は一段と複雑になります。 - 2. 技術・装備面でのプレッシャー
日本は現在、原潜を保有せず、たいげい型などの通常動力艦で高い水準を維持しています。しかし、韓国が原潜を持つと、「日本も原潜を検討すべきではないか」という議論が国内で高まる可能性があります。これは、防衛費やエネルギー政策とも絡む大きなテーマです。 - 3. 日韓協力と摩擦の両面リスク
同じ民主主義国・同盟国として、日韓が潜水艦戦力を補完し合えば、地域の安定に寄与する可能性もあります。一方で、歴史問題や安全保障観の違いから、軍拡競争のような形でお互いを意識し合うリスクも否定できません。
日本の立場:通常動力型「世界最高峰」の路線
こうした中で、日本は現時点では原子力潜水艦を保有せず、通常動力型で世界最高レベルの性能を追求する路線をとっています。
たいげい型は、リチウムイオン電池の採用により、
- 充電時間の短縮
- 潜航時間の延長
- 瞬発力の向上
- メンテナンスの容易さ
を実現し、浮上やシュノーケル航行の時間を大幅に短縮して、敵に発見されるリスクを下げています。この技術は世界初であり、各国から注目されています。
さらに、2025年進水の「そうげい」を含むたいげい型各艦は、
- 高性能ソナー(艦首・側面・曳航アレイ)
- 魚雷防御システム(TCM)
- 最新の魚雷「18式魚雷」や対艦ミサイル「ハープーン」の運用能力
を備えています。これらは、原潜に比べて建造・運用コストを抑えながら、日本近海の防衛に特化した「現実的な最適解」とも言われます。
これからの潜水艦をどう見るか
世界初の「第5世代潜水艦」とアピールされるスウェーデンのA26型、韓国が構想する原子力潜水艦、日本のたいげい型――いずれも、それぞれの国の安全保障環境と戦略に合わせて設計された答えです。
- A26型:浅い海域での多用途運用を重視した、小型・高機能潜水艦
- 韓国原潜構想:長期間の潜航能力と広い行動範囲で、北朝鮮・中国を強く意識
- 日本のたいげい型:原潜を持たない前提で、日本近海を静かに、長く守るための通常動力艦
「第5世代」という派手な言葉に目を奪われがちですが、重要なのは、
- どの国が、どのような目的で、その潜水艦を使うのか
- 技術的な「売り文句」と、実際の運用・コスト・リスクのバランス
を冷静に見ていくことです。
今後も、周辺国の動きや新型潜水艦の登場によって、日本の安全保障環境は変化し続けます。そのなかで、日本としてどのような潜水艦戦力を維持・発展させていくのか、国民的な議論がより一層求められていくと言えるでしょう。



