「パキる」が若者の間で広がる現実 市販薬オーバードーズの危険性とは
近ごろSNSなどでよく見かけるようになった言葉「パキる」。
これは、違法薬物ではなく、市販の風邪薬や咳止め薬などを一度に大量に飲んで意識をもうろうとさせる行為を指す若者言葉として使われています。
中高生や20代前半の世代を中心に、こうした市販薬のオーバードーズ(OD=過量服薬)が広がり、深刻な社会問題になっています。
「パキる」とは何をしているのか
市販薬の乱用に詳しい関係者によると、「パキる」という言葉には次のような背景があります。
- 市販の風邪薬や咳止め薬、鎮痛薬などを一度に大量に服用する
- 意識がぼんやりしたり、ふわふわした感覚、幻覚などを求めて行われる
- 「トベる薬」「どの薬で飛べるか」を教え合う投稿がSNS上で拡散している
- 「脳みそが溶ける感じ」「現実から離れられる」といった体験談が“ステータス”のように語られることもある
本来、市販薬は決められた用量・用法を守って使用することが前提の医薬品です。
しかし、若者の間では、これをあえて大量に飲むことで、「一時的な多幸感」や「つらさからの逃避」を得ようとする動きが広がっています。
なぜ市販薬のオーバードーズが広がっているのか
背景には、いくつかの要因が重なっていると指摘されています。
- 入手のしやすさ
市販薬はドラッグストアや一部コンビニなどで購入でき、違法薬物のような「犯罪のイメージ」が薄いことから、ハードルが低く感じられています。 - SNSによる広がり
X(旧Twitter)や動画投稿サイトなどで、「パキる」「OD」といった言葉が日常的に使われ、
「どの薬が効くのか」「何錠飲めばトべるのか」などを教え合う投稿が見られます。
それを見た若者が興味本位で真似してしまうケースも少なくありません。 - ストレスや孤立感
学校や家庭、友人関係、将来への不安など、さまざまなストレスを抱えた若者が、
「手軽に現実から逃げたい」という気持ちから市販薬のオーバードーズに走る例が報告されています。 - 「違法ではないから大丈夫」という誤解
「市販薬だから安全」「犯罪ではないから問題ない」と考えてしまう人もいますが、
実際には命に関わる中毒症状や依存症につながる危険な行為です。
若者の検挙も増加 警察や学校が危険性を訴える
こうした状況を受けて、各地の警察や学校では違法薬物だけでなく、市販薬のオーバードーズについても注意を呼びかける講演会が行われています。
名古屋市内の高校では、愛知県警の担当者が講師となり、
違法薬物の危険性に加えて、市販薬の過量服薬についても具体的な事例を挙げながら説明する講演会が開かれました。
生徒たちに向けては、次のようなメッセージが伝えられています。
- 「SNSなど身近なところに誘惑がある」ことを知ってほしい
- 「一緒にやろう」と誘われても、その場から離れる勇気を持つこと
- 一度の興味本位が、一生に影響する健康被害や依存につながる可能性がある
愛知県警によると、薬物関連で検挙された少年少女は、今年10月末までに104人にのぼり、
前年の同じ時期と比べて31人増加しています。
大麻などの違法薬物だけでなく、市販薬などをきっかけに薬物問題に関わってしまう若者が増えていることがうかがえます。
市販薬ODの健康被害 「脳みそが溶ける感じ」は本当に危険
市販薬のオーバードーズを経験した若者の中には、
「脳みそが溶ける感じがする」「自分が自分じゃないみたいになる」と語る人もいます。
しかし、それは決して特別な“遊び”ではなく、体と心への深刻なダメージのサインでもあります。
各自治体や専門機関の情報によると、市販薬のオーバードーズには次のような危険があります。
- 急性中毒
大量の成分が一度に体に入ることで、呼吸が弱くなる、意識がもうろうとする、けいれんが起きるなど、
場合によっては命に関わる状態になることがあります。 - 内臓へのダメージ
解熱鎮痛薬などに含まれる成分が、肝臓や腎臓に大きな負担をかけます。
短期間に繰り返されると、取り返しのつかない障害が残るおそれがあります。 - 精神への影響
幻覚や妄想、不安の高まり、感情のコントロールが効かなくなるなど、
精神面にも大きな影響が出る可能性があります。 - 耐性と依存
何度も繰り返すうちに、同じ量では「効かなく」なり、
さらに量を増やしてしまう耐性がつくことがあります。
また、「やめたくてもやめられない」依存状態に陥る危険も指摘されています。
こうした健康被害は、たとえ市販薬であっても、使い方を誤れば違法薬物と同じくらい、あるいはそれ以上に危険だということを示しています。
「遊び」ではなく、立派な薬物乱用行為
薬物乱用というと、麻薬や覚醒剤、大麻などの違法薬物をイメージする人が多いかもしれません。
しかし、近年の調査や自治体の情報では、医薬品や市販薬のオーバードーズも、明確な薬物乱用行為として問題視されています。
総務省消防庁や厚生労働省などの調査によると、
医薬品のオーバードーズが疑われて救急搬送される人は年々増加しており、
年代別では20代が最も多く、その中でも10代後半〜20代前半の増加が目立つとされています。
直近では、若年層が全体のほぼ半数近くを占める状況となり、深刻な社会問題となっています。
「パキる」誘いへの向き合い方 逃げる勇気と相談の一歩
では、もしも友人から「一緒にパキろう」と誘われたら、どうしたらよいのでしょうか。
警察や学校の講演会では、次のような行動が呼びかけられています。
- その場から離れる
「断ったら嫌われるかも」と不安に感じるかもしれませんが、
自分の命や健康を守ることの方が、何よりも大切です。 - 信頼できる大人に相談する
保護者、学校の先生、養護教諭、スクールカウンセラーなど、
「少し話してみてもいいかな」と思える大人に、ためこんでいる気持ちを打ち明けてみてください。 - SNS上の情報をうのみにしない
「これくらいなら大丈夫」「市販薬だから安全」といった投稿は、
根拠がなく、健康被害の危険性が軽く見積もられていることが多くあります。 - つらさを一人で抱え込まない
オーバードーズに走る若者のなかには、
「学校に行きたくない」「家に居場所がない」など、深い悩みを抱えている人も少なくありません。
そのつらさを少しでも軽くするために、相談窓口や支援団体を利用することも大切です。
大人にできること 責めるより「聞く」姿勢を
市販薬のオーバードーズ問題は、若者だけの問題ではありません。
家庭や学校、地域社会など、周囲の大人たちがどのように関わるかも重要です。
- 「ダメ」「やめなさい」だけで終わらせない
叱る前に、「どうしてそんなことをしようと思ったのか」を、
否定せずにゆっくり聞く姿勢が求められます。 - 市販薬の危険性を正しく知る
「市販薬だから安心」と思い込まず、
オーバードーズによる健康被害や依存のリスクを、大人自身が理解しておく必要があります。 - 早い段階で専門機関につなぐ
「最近様子がおかしい」「薬を過剰に飲んでいるかもしれない」と感じたら、
医療機関や保健所、相談窓口など、専門家につなぐことが重要です。
歌舞伎町周辺の「トー横」や大阪・ミナミなど、若者が集まる繁華街では、
市販薬の空き箱が散乱し、未成年のオーバードーズや、それに伴う犯罪被害が報告されています。
「一緒にパキろう」と誘い合うなかで、金銭トラブルや性搾取など、別の深刻な被害に巻き込まれるケースも指摘されています。
こうした現実を踏まえると、早い段階での気づきと支援が欠かせません。
「パキる」ブームに流されないために
「みんなやっているから」「SNSで流行っているから」といった理由で、
命や健康を危険にさらしてしまうのは、とてももったいないことです。
「パキる」ことは、決してカッコいいことでも、新しい遊びでもありません。
それは、自分自身の体と心を傷つける危険な薬物乱用です。
もし今、つらさや生きづらさを抱えているのであれば、
市販薬に頼るかわりに、誰かに話すこと、相談することを選んでみてください。
そして周囲の大人たちには、その声を受け止め、支える役割が求められています。



