監査法人PwCが「意見不表明」 ニデックを揺るがす会計問題と“永守イズム”の行方
ニデック(旧・日本電産)が、かつてない規模の会計問題と企業統治の危機に直面しています。監査法人であるPwCジャパンが、同社の有価証券報告書に対して「意見不表明」という極めて重い判断を示し、東京証券取引所からは特別注意銘柄の指定を受けました。 さらに、同社を長年支配してきた「永守イズム」と呼ばれる強烈な経営哲学が、現場にどのような影を落としてきたのかにも注目が集まっています。
ここでは、公表されている事実関係を整理しながら、なぜニデックが「創業以来の危機」とまで言われる状況に陥ったのか、できるだけやさしい言葉で解説していきます。
なぜPwCは「意見不表明」に踏み切ったのか
まず押さえておきたいのは、今回のニュースの出発点となった監査報告書の「意見不表明」という出来事です。
会計監査では、通常「適正意見」「限定付適正意見」「不適正意見」など、財務諸表が適切かどうかについて監査法人が意見を述べます。しかし「意見不表明」は、そもそも十分な監査証拠が得られず、意見自体を出せないという、非常に深刻な状態を意味します。
ニデックの場合、海外子会社を中心に不適切会計の疑いが次々と判明し、社内調査および第三者委員会による調査が続いています。 PwCジャパンは、こうした調査が進行中で、かつ未解明の問題が財務諸表全体に「重要かつ広範な影響」を及ぼし得ると判断。結果として、「十分かつ適切な監査証拠を入手できなかった」として、意見を表明しないという結論に至りました。
簡単にいうと、監査法人は「この会社の決算数字が本当に正しいのか、今の情報では判断できない」と宣言したことになります。
2期連続の異常事態 「内部統制不備」から「数字も信用できない」へ
ニデックの異常事態は、1年ほど前から徐々に表面化していました。2024年3月期には、決算書そのものについては「適正」とされつつも、内部統制については「意見不表明」という評価が出されています。 これは、「数字の正しさは信じるが、その裏側のプロセス(内部統制)は確認できない」というレベルの問題でした。
ところが、2025年3月期になると事態はさらに悪化します。今度は連結財務諸表そのものに対しても「意見不表明」が出され、内部統制監査も同様に不表明となりました。 つまり、
- 内部統制も不十分
- 決算数字の正しさ自体も保証できない
という、上場企業としては極めて厳しい評価が下された形です。
さらに、2026年3月期第1四半期(2025年4〜6月)の決算レビューでも、監査法人は「結論の不表明」とし、状況は長期化の様相を見せています。 こうしたなかで、ニデック株は東証から特別注意銘柄の指定を受け、投資家からの信頼も大きく揺らぎました。
海外子会社の不適切会計と877億円の損失
では、具体的にどのような会計問題が起きているのでしょうか。
発端は、ニデックが公表した「海外子会社の監査遅延」でした。 イタリア子会社での未払い関税問題が見つかり、有価証券報告書の提出期限を延長。その後、中国をはじめとしたグループ会社で不適切な会計処理の疑いが次々と判明しました。
ニデックは2025年9月に第三者委員会を設置し、本格的な調査を進めています。 現時点で判明している範囲だけでも、同社は877億円の損失を計上する事態となりました。 会見の場で、岸田光哉社長は「株主や投資家の皆様に多大なご迷惑とご心配をおかけしている」として、深く頭を下げています。
ただし、この877億円についても、いくつかの前提や詳細がなお検証対象となっており、「これで問題がすべて解決」という段階ではありません。 監査法人がなお慎重姿勢を崩していないのも、そのためとみられます。
「翌期の売上を先食い」 元幹部が語る“驚きの手口”
今回の不適切会計をめぐっては、元中堅幹部が「ニデックでは翌期の売上を先食い計上していた」と語る証言も報じられています。これは、将来の売上を前倒しして当期に計上することで、短期的に利益をよく見せる典型的な手法の一つで、会計上は重大な問題となります。
こうした「売上の先食い」は、一時的には業績をよく見せることができますが、そのツケは必ず後の期に回ってきます。売上の“前借り”を続ければ続けるほど、実態とのズレは大きくなり、どこかのタイミングで一気に“ほころび”が表面化します。
元幹部の証言によれば、こうした手法は一部の現場判断だけで起きたものではなく、組織的なプレッシャーや目標達成至上主義の中で生まれていった側面があるとされています。この点が、後述する「永守イズム」との関係で大きな議論を呼んでいます。
「永守イズム」とは何か 強烈な目標主義の光と影
ニデックは、創業者である永守重信氏のカリスマ的なリーダーシップのもと、「世界No.1モーターメーカー」へと成長してきました。その背景には、「永守イズム」と呼ばれる強烈な経営哲学があります。
報道などによると、その象徴的なフレーズとして、次のような言葉が語り継がれています。
- 「計画未達は罪悪であり大恥であり大不幸である」
- 「赤字は犯罪である」
このような言葉は、強いプレッシャーを伴う一方で、「絶対に目標を達成する」「どんな困難があっても黒字を死守する」という高い意識を社員に植え付け、同社の急成長を支えてきた側面もあります。
しかし、その一方で、「計画未達=罪悪」「赤字=犯罪」という極端な価値観が、現場に過度の緊張感をもたらし、数字ありきの風土を助長したのではないか、という指摘も出ています。 目標に届かなければ評価や立場に直結するような環境下では、「どうにかして数字を作らなければならない」という心理が働きやすくなります。
短期的な業績の追求が、売上の前倒し計上など「ルールのグレーゾーン」を飛び越えた行動につながったのではないか――。岸田社長自身も、会見の場で「短期的な収益の追求が招いた」という趣旨の反省を述べています。 まさに、永守イズムの「光」と「影」の両面が、今あらためて問われている状況といえるでしょう。
「創業以来の危機」とガバナンスの転換点
ニデックの会計問題は、単なる一時的な不祥事にとどまらず、同社のガバナンス(企業統治)の在り方そのものに疑問符を投げかけています。
報道では、PwCジャパンがニデックに対して「異例の判断」を下した背景として、過去には「少なくとも数年前までニデックの言いなりだった」との指摘もなされています。 つまり、これまでは会社側の意向が強く、監査法人が十分に物を言えない関係性があったのではないか、という問題提起です。
しかし、国際的に監査の品質管理基準が厳格化するなかで、PwCジャパンはリスクの高いクライアントに対して妥協しない方針を強め、今回ついに「意見不表明」という自己防衛的な一線を引いたと解釈されています。
これは、ニデックにとっては「創業以来の危機」であると同時に、日本企業全体にとっても、「監査法人はどこまで踏み込んで企業に物を言うべきか」という重大な転換点を示す出来事といえます。
投資家・社員・取引先への影響
今回の一連の問題は、株主や投資家だけでなく、社員、取引先、さらには地域社会にまで大きな影響を与えています。
- 株主・投資家:特別注意銘柄への指定や「意見不表明」により、株価の変動リスクが高まり、将来の配当や企業価値に対する不安が広がっています。
- 社員:自社の信頼性が揺らぐなかで、働くことへの誇りやモチベーションに影響が出る可能性があります。また、「永守イズム」の見直しが進めば、評価制度やマネジメント手法の再構築も求められるでしょう。
- 取引先・金融機関:決算数字への不信感が高まると、新規取引や融資の判断にも慎重さが増し、資金調達コストやビジネス機会に影響が生じる恐れがあります。
こうした影響を最小限に抑えるためにも、同社には事実関係の徹底解明と情報開示、そして再発防止策の具体化・実行が強く求められています。
ニデックに求められる「3つの立て直し」
今後、ニデックが信頼を回復していくためには、大きく分けて次の3つの立て直しが不可欠だと考えられます。
- 1. 事実関係の完全な解明
第三者委員会による調査を徹底し、不適切会計の範囲・関与した組織・原因を明らかにする必要があります。 ここでの中途半端な対応は、さらなる不信を招きかねません。 - 2. 内部統制とガバナンスの再構築
海外子会社を含めたグループ全体で、会計処理のルールやチェック体制を抜本的に見直すことが求められます。 監査法人との関係も、単なる「お墨付きをもらう相手」から、「健全な緊張感を持ったパートナー」へと再定義する必要があるでしょう。 - 3. 経営哲学と現場文化の見直し
「計画未達は罪悪」「赤字は犯罪」といった強烈なメッセージが、現場の不正を誘発する土壌となっていなかったかどうか、真剣に検証することが重要です。 目標達成を重視しながらも、コンプライアンスや長期的な信頼を同時に守るバランス感覚が求められます。
「永守イズム」をどうアップデートしていくか
ニデックの成長の原動力となってきた「永守イズム」は、多くの日本企業が失いかけている「強烈な当事者意識」と「高い目標設定」の象徴でもありました。一方で、その行き過ぎた側面が、今回のような会計問題やガバナンス不全として噴き出してきたという見方もできます。
いま求められているのは、「永守イズム」を単純に否定することではなく、その良い部分を残しつつ、時代に合わせてアップデートしていくことではないでしょうか。具体的には、
- 「数字を作る」プレッシャーよりも、「正しい数字を出す」責任を重視する
- 短期の利益だけでなく、中長期の信頼やブランド価値を評価に反映させる
- 現場が不正を拒否し、問題を上に上げられる「心理的安全性」を高める
といった方向への転換が考えられます。
ニデックがこの危機をどう乗り越え、「永守イズム」をどのような形で次の世代に引き継いでいくのか。そのプロセスは、同社だけでなく、多くの日本企業にとっても大きな示唆を与えることになりそうです。



