サンフランシスコ平和条約と台湾――高市首相「台湾有事発言」をめぐる波紋

台湾情勢をめぐり、日本国内でも議論が一気に熱を帯びています。そのきっかけとなったのが、高市早苗首相による「台湾有事」発言です。中国側はこれを強く非難し、日本国内からも「宣戦布告に等しい」「対話が成り立たない」といった厳しい批判の声があがっています。同時に、戦後日本の国際的な立場を定めたサンフランシスコ平和条約と台湾との関係が、あらためて注目されています。

この記事では、サンフランシスコ平和条約と台湾の関係を軸に、高市首相の発言、中国の反応、日本国内の議論を、できるだけわかりやすく整理してご説明します。

サンフランシスコ平和条約と台湾の位置づけ

まず、現在の「台湾問題」を理解するためには、1951年に調印されたサンフランシスコ平和条約が重要な出発点になります。この条約によって、日本は第二次世界大戦に関する諸問題を整理し、主権を回復しました。

条約のなかで、日本は台湾(当時の「台湾及び澎湖諸島」)に対する権利を放棄しましたが、「どの国に主権を移転したのか」については明記されませんでした。ここが、のちの「台湾の地位」をめぐる国際政治の大きな争点の一つとなっています。

その後、日本は1972年の日中共同声明で中華人民共和国政府を中国の唯一の合法政府として承認し、中国の主張する「台湾は中国の一部」という立場を「十分理解し、尊重する」と表明しました。一方で、日本は「台湾の主権は中国に帰属する」とまで明言してはおらず、そこに一定の「あいまいさ」が残されています。

このように、日本の対台湾関係・対中国関係は、サンフランシスコ平和条約と日中共同声明という二つの柱のあいだで、微妙なバランスのうえに成り立ってきました。

高市首相の「台湾有事発言」とは

その微妙なバランスを揺さぶったとして物議を醸しているのが、高市早苗首相の「台湾有事」発言です。

2025年11月7日、高市首相は衆議院予算委員会で、台湾情勢について質疑を受ける中で、次のような趣旨の答弁を行いました

  • 中国が台湾を支配下に置く目的で、戦艦などを使った武力行使を行った場合、
  • それは日本の「存立危機事態」になり得る
  • 台湾周辺海域の海上封鎖なども、具体的に想定し得る事態だ。

「存立危機事態」とは、日本に対する直接の武力攻撃がなくても、日本と密接な関係にある国が攻撃を受け、日本の存立が脅かされ、国民の生命・自由が根底から覆される明白な危険があると認められる状況を指します。これは安全保障関連法制によって位置づけられた概念であり、自衛隊が集団的自衛権を行使しうる条件の一つです。

高市首相は、「台湾有事」がこの存立危機事態となり得ると明言したことで、「自衛隊の出動もあり得る」という解釈が広まりました。実際、東洋経済オンラインなども「台湾有事なら自衛隊の出動もありうると示した」と紹介しています

中国側の強い反発と外交摩擦の激化

この発言に対し、中国側は激しく反発しました。中国政府は、「一つの中国」原則に反し、内政干渉にあたると批判し、これが2025年日中外交紛争の引き金になったとされています

中国側は、台湾問題は中国の「核心的利益」であり、「越えてはならないレッドライン」であると繰り返し強調してきました。高市首相の発言は、このレッドラインに触れ、日本が台湾有事に際して軍事的に関与する可能性を示唆したものと受け止められたのです

その後も、中国軍機による自衛隊機へのレーダー照射など、軍事面での危険な挑発行為が発生し、日本政府は中国側に厳重抗議を行いました。こうした一連の動きによって、日中関係は一気に緊張を高めています。

日本国内からの批判:「宣戦布告」「対話成り立たない」

高市首相の発言に対して批判しているのは、中国だけではありません。日本国内の元外交官や研究者、野党関係者からも、強い懸念や批判が相次いでいます。

とくに、日本共産党の志位和夫委員長は、「特定の国を名指しして、戦争を行うことがありうると公言した首相は、戦後初めてだ」として高市首相を厳しく批判しました。志位氏は、次のような点を問題視しています。

  • 「台湾有事は存立危機事態になりうる」という答弁は、日本に対する攻撃がなくても、米軍を守るために自衛隊が中国への武力行使を行う可能性を宣言したものだ
  • これは、特定の国(中国)との戦争がありうると首相自ら公言したに等しく、「宣戦布告」に近い性格を持つ。
  • 1972年の日中共同声明で約束した「中国側の立場を十分理解し、尊重する」という合意に反し、日中関係正常化の土台を壊す発言

こうした見方から、元外交官や学者の一部は、高市首相の発言について「もはや対話が成り立たない水準のメッセージだ」として、国会答弁の明確な撤回を求めています。彼らは、「台湾有事発言」は日中間の緊張を必要以上にあおり、平和的解決の可能性を狭めると危惧しています。

「撤回したのか」めぐる認識のズレ

一方、高市首相自身は、11月26日の党首討論で「具体的な事例に言及したくはなかった」と述べ、政府の公式見解を踏まえる形で説明を修正しました。このため、日本国内では「事実上、発言を撤回したのではないか」との見方も出ました。

しかし、志位委員長は「撤回していない」と明言しています。理由としては、高市首相が「従来の見解を繰り返しただけ」と説明し、台湾有事が存立危機事態になり得るという根幹部分を変えていないからだ、という指摘です

中国側も「事実上の撤回」とはみなしておらず、引き続き強い警戒感と不信感を示していると報じられています。このように、「発言を修正した」とする日本側の一部認識と、「撤回にはなっていない」とする国内外の見方とのあいだに、大きなギャップが残されたままです。

高市首相の「率直な語り口」と政治リスク

高市首相は、もともと率直な物言いで知られ、支持者からは「本音で語る政治家」として評価されてきました。その一方で、そのストレートな発言が国内外でたびたび波紋を広げてきたことも事実です。

今回の「台湾有事発言」も、ある意味では、高市首相の「率直な語り口」が前面に出た結果だと見る向きがあります。台湾海峡の緊張が高まるなか、「最悪の事態も想定しなければならない」と語ったこと自体は、安全保障上の危機意識として理解できる面もあるでしょう

しかし首相という立場で、特定の国を想定し、「戦争になり得る事態」をあえて公言することは、単なる「率直さ」では済まされない重みを持ちます。とくに、サンフランシスコ平和条約以降、専守防衛と平和国家としての歩みを続けてきた日本にとって、その意味はなおさら大きいと言えます。

習近平国家主席の「焦り」と台湾有事前倒し論

今回の問題の背景として、中国側の動きにも注目が集まっています。一部報道では、習近平国家主席に健康不安説がささやかれるなか、政権基盤を固めるために「台湾有事」のタイミングを前倒しするのではないか、という「前倒し説」が取り沙汰されています。

こうした見方によれば、習主席が自らの権威や歴史的評価を高めるために、台湾統一を急ぎ、そのために台湾周辺で軍事的圧力を強めているという構図が描かれています。この「焦り」が、日本への強硬な言動や、芸能・文化・経済などさまざまな分野への対外圧力にもつながっていると指摘する論調もあります。

ただし、この種の分析には推測の要素も少なくなく、事実として確定しているわけではありません。日本としては、相手国の内情への過度な踏み込みやレッテル貼りを避けつつ、現実に進行している軍事的・外交的な動きに、冷静かつ警戒心を持って対応することが求められます。

「台湾有事」をどう受け止めるべきか

ここで、あらためて「台湾有事」という言葉の重みを考えてみましょう。台湾海峡での緊張は、日本の安全保障に直結する重大な問題です。台湾周辺は日本のシーレーン(海上輸送路)と重なっており、武力紛争が起これば、日本経済にも深刻な影響が及びます。

一方で、日本はサンフランシスコ平和条約以来、「戦争を放棄し、国際紛争を平和的手段によって解決する」という憲法の理念のもと、歩んできました。そのうえで、日米同盟を軸とする安全保障体制と、日中共同声明・各種合意に基づく対中関係を両立させるという、繊細なバランスを保ってきたのです

高市首相の発言は、このバランスのあり方をあらためて問い直す契機となっています。日本が台湾有事をどう位置づけ、どこまで関与し得るのか。その議論は、日本の防衛政策だけでなく、戦後日本の歩みそのものの検証と直結しています。

サンフランシスコ平和条約から見た今後の課題

サンフランシスコ平和条約で日本が台湾に対する権利を放棄して以来、台湾の国際的地位は、明確に定まらないまま推移してきました。その「あいまいさ」の中で、台湾は事実上の自立した民主主義社会として発展し、日本とも密接な経済・人的交流を築いています。

一方で、日本は中国とのあいだで「台湾は中国の一部」という立場を「理解し、尊重する」としつつ、自らの立場をできるだけ曖昧にしてきました。この「あいまいさ」は、ある意味では緊張をやわらげる働きをしてきましたが、現在のように米中対立が激しくなり、台湾問題が前面に出てくると、その曖昧さがかえって日本の立場を難しくしている面もあります。

高市首相の発言をきっかけに、日本は次のような課題に向き合わざるを得なくなっています。

  • サンフランシスコ平和条約と日中共同声明を踏まえつつ、台湾の安全と民主主義をどう支えるのか。
  • 「存立危機事態」や集団的自衛権の発動条件を、どこまで明確に説明するのか。
  • 中国との対話チャンネルを維持しながら、緊張を高めない形で抑止力を確保する方策は何か。

これらは、単純な「タカ派/ハト派」の対立では解けない、非常に複雑で重い問題です。だからこそ、政府は一つ一つの発言に対して細心の注意を払い、国民にも分かりやすい形で説明責任を果たすことが求められます。

冷静な議論と市民の関心の大切さ

最後に大切なのは、「台湾有事」や「サンフランシスコ平和条約」といった、一見むずかしそうなテーマを、専門家だけの話にしないことです。高市首相の発言をめぐって、芸能界の中国公演中止など、私たちの生活に身近なところにも影響が出ています。これは、国際政治の問題が「遠い世界の話」ではないことを示しています。

元外交官や研究者が発言撤回を求めている背景には、戦争体験や戦後外交の積み上げを踏まえ、「対話の可能性を閉ざさないでほしい」という切実な思いがあります。一方で、中国の軍事的圧力に対し、抑止力の必要性を訴える声も根強くあります。

重要なのは、どちらか一方の主張だけを簡単に信じるのではなく、サンフランシスコ平和条約以降の歴史や、日中・日米関係の経緯、台湾の人々の立場など、さまざまな要素を知りながら、自分なりに考えていくことです。

高市首相の「率直な語り口」は、ときに不安をかき立てますが、それをきっかけに、私たち自身が「戦後日本のあり方」「東アジアの平和」を考える入口にもなり得ます。今回の問題を、対立や不安だけで終わらせるのではなく、より深く学び、対話を広げていく機会としていくことが求められているのではないでしょうか。

参考元