「サンフランシスコ平和条約は無効」発言が投げかけた波紋――高市首相の台湾有事発言と日中関係のゆくえ
中国政府が「サンフランシスコ平和条約は違法で無効だ」と改めて主張したことをきっかけに、台湾の法的地位や戦後国際秩序をめぐる議論が一気に熱を帯びています。 その背景には、日本の高市早苗首相による「台湾有事」発言への中国側の強い反発、そして長年揺れ動いてきた日中関係の緊張があります。
この記事では、
- サンフランシスコ平和条約をめぐる中国の「無効」主張の内容
- それに対する「台湾は日本のままになるのではないか」というネット上のツッコミの背景
- 高市首相の台湾有事発言と日本国内世論の受け止め方
- 悪化する日中関係をどう打開できるのか
といった点を、できるだけやさしい言葉で整理していきます。
サンフランシスコ平和条約とは何か――戦後日本の出発点
サンフランシスコ平和条約は、1951年9月8日に調印され、1952年に発効した、日本と連合国との間の講和条約です。 第二次世界大戦後の日本の主権回復や領土整理、賠償問題など、戦後秩序の基本ルールを定めた重要な国際条約とされています。
この条約の第2条では、日本は台湾および澎湖諸島に対する全ての権利・権原・請求権を放棄することが定められました。 ただし、「台湾をどの国に帰属させるか」について明示されていないことから、その後も台湾の最終的な法的地位をめぐって、さまざまな解釈が存在してきました。
日本政府は長年、
- 日本はサンフランシスコ平和条約により台湾に関する権利を放棄した
- そのため、台湾の最終的な法的地位を日本が決める立場にはない
という立場を繰り返し表明してきました。
中国外務省「サンフランシスコ平和条約は違法で無効」発言の内容
こうした中、中国外務省の毛寧報道官は、台湾当局者の発言に反論する形で、サンフランシスコ平和条約について次のように主張しました。
- 第二次世界大戦後、台湾の中国復帰は「戦勝の成果」であり、「戦後国際秩序の重要な一部」である
- カイロ宣言やポツダム宣言、「日本の降伏文書」など、国際法上の効力を持つ文書は、いずれも台湾に対する中国の主権を確認している
- 1949年に中華人民共和国が成立したのは、「中国」という国際法上の主体が変わらないまま、政権が交代したにすぎない
- したがって、中華人民共和国は中国全体を代表する唯一の合法政府であり、当然台湾に対する主権も有する
- いわゆるサンフランシスコ平和条約は、米国が一部の国を糾合し、中国とソ連を排除して日本と単独講和を結んだもので、「不法かつ無効な文書」である
- この条約は、1942年の「連合国共同宣言」の「敵国との単独講和を禁ずる」規定、さらに国連憲章と国際法の基本原則に違反していると中国側は主張している
中国側の論理は、「自分たちは条約の当事国ではないから、台湾の主権帰属など、自国の領土と主権に関する一切の処理は無効だ」というものです。
「サンフランシスコ条約が無効なら台湾は日本のまま?」という逆説的ツッコミ
中国がここまで強くサンフランシスコ平和条約の無効を主張したことで、思わぬ「逆説的な議論」がインターネットや一部識者から持ち上がりました。
ポイントは次の通りです。
- 日本はサンフランシスコ平和条約第2条に基づき、台湾に対する全ての権利を放棄した
- しかし、中国が「その条約自体が違法で無効だ」と主張するなら、法理的には「台湾放棄」という行為そのものが存在しないことになるのではないか、という論理が出てくる
- その場合、1895年の下関条約によって台湾が日本へ割譲された状態が、「法的に生きたまま」になるのではないか、という極論がネット上で語られた
台湾のメディアや日本のネット上では、
「サンフランシスコ平和条約が無効なら、台湾は今も日本のままになるぞ」
といった、皮肉を込めたツッコミも見られました。
もちろん、現実の国際政治や国際法の運用は、こうした単純な図式で決まるわけではありません。しかし、中国が戦後秩序の根幹であるサンフランシスコ平和条約の効力そのものを強く否定したことで、自らの主張と国際社会の現実との間に、大きな法理的矛盾を抱え込んだ形になっている、との指摘が出ています。
高市首相の「台湾有事発言」と日本政府の公式立場
今回の問題の背景には、日本の高市早苗首相による「台湾有事」発言があります。 高市首相は国会での党首討論などの場で、
- 台湾海峡の安定は日本の安全保障にとってきわめて重要である
- 台湾有事は、すなわち日本有事・日米同盟の有事に直結しかねない
といった趣旨の発言を繰り返し、国際的にも注目を集めました。
同時に高市首相は、日本政府の従来の立場として、
- サンフランシスコ平和条約により、日本は台湾に関するすべての権利を放棄した
- したがって、日本政府は台湾の法的地位を認定する立場にはない
と説明しています。 これは過去の政権から続く日本外交の基本線と一致しており、表現は強くなったものの、法的立場そのものは大きく変わっていないとも言えます。
その一方で、「台湾有事」を正面から語ることが、
- 抑止力の強化につながる現実的な議論だと評価する声
- 中国を過度に刺激し、緊張を高める軽率な発言だと懸念する声
の両方が国内世論には存在しています。世論調査でも、台湾情勢への不安が高まる一方で、「どこまで日本が関与すべきか」については意見が割れていると指摘されています。
中国の強硬姿勢の背景――なぜここまでサンフランシスコ条約を否定するのか
中国があらためてサンフランシスコ平和条約を「違法で無効」と断じたのは、高市首相の「台湾有事」発言への反発だけが理由ではありません。
中国側は長年、
- 台湾問題は中国の内政問題であり、いかなる外部勢力の干渉も認めない
- 台湾の中国への復帰は、カイロ宣言・ポツダム宣言・日本降伏文書などによって国際的に確認されている
- したがって、戦後の領土処理を定めたサンフランシスコ平和条約に、中国が参加していないこと自体が不当である
と主張してきました。
今回、中国外務省が「連合国共同宣言」や「国連憲章」まで持ち出して強く批判したのは、
- 台湾問題で日本が米国や台湾側に近づきつつある、という警戒感
- 戦後秩序の正統性を「カイロ宣言」「ポツダム宣言」などに結び付け、中国の立場を正当化したい思惑
が背景にあると考えられます。
ただし、サンフランシスコ平和条約は、戦後70年以上にわたり、実際の国際秩序の土台となってきました。その包括的な正統性を一方的に否定することは、台湾問題にとどまらず、戦後国際秩序全体に関わる大きな議論を招きかねません。
「当然」か「軽率」か――台湾有事をめぐる日本の民意
高市首相の「台湾有事発言」は、日本国内でも賛否を呼んでいます。 世論調査を見ると、
- 台湾情勢の緊迫化に不安を抱き、「日本も備えが必要だ」と考える層
- 一方で、「日本が前面に出て中国を刺激すべきではない」と慎重論を唱える層
の双方が存在します。
支持派は、
- 台湾有事が現実味を増す中で、政府がリスクを率直に語ることは抑止力の一部になる
- 日米同盟のもとで、日本がどのような役割を果たすのかを国民に説明する責任がある
と評価します。
批判派は、
- 首相の発言は国際的な影響力が大きく、中国との緊張をさらに高めるリスクがある
- 外交努力や対話による危機回避よりも、「軍事的側面」が強調されすぎている
と懸念を示します。
いずれにしても、台湾海峡の安定が日本の安全保障や経済にも直結していることは、多くの国民が共有しつつあります。その一方で、「どこまで踏み込んだ発言や行動が許されるのか」をめぐる社会的な合意形成は、まだ途上にあると言えるでしょう。
日中関係の悪化をどう打開するか――志位委員長が語る方向性
こうした緊張の中で、日中関係をどう立て直していくかについても議論が高まっています。香港フェニックステレビのインタビューなどで、日本共産党の志位和夫委員長は、日中両国関係の悪化を憂慮しつつ、対話の重要性を強調しました。(インタビュー内容の詳細はしんぶん赤旗報道を参照)
志位委員長や日本の一部の論者は、次のような点を重視しています。
- 日中両国は、歴史的に見ても経済的にも、切り離すことのできない関係にある
- 対立や軍拡の悪循環ではなく、対話と外交による解決こそが両国民の利益にかなう
- 領土や歴史認識の対立があっても、「紛争を武力で解決しない」「現状を一方的に変更しない」という原則を共有することが重要
一方、中国側にも、日本への不信感や歴史認識をめぐる感情的な反発が存在します。台湾問題に関しても、「日本が再び台湾問題に介入しようとしているのではないか」という警戒が強く、その結果として、サンフランシスコ平和条約を「不法で無効」と断じるような、強硬なレトリックが用いられている側面があります。
日中関係の安定のためには、
- 日本側が、戦後の平和国家としての歩みと、専守防衛や非核三原則などの路線を丁寧に説明すること
- 中国側も、国際社会全体が共有してきた戦後秩序の枠組みを一方的に否定するのではなく、建設的な対話に応じること
が欠かせません。
問われる「戦後秩序」と向き合う姿勢
今回の「サンフランシスコ平和条約は無効」発言をめぐる一連の騒動は、単に台湾の帰属問題にとどまらず、
- 戦後国際秩序の正統性をどう考えるのか
- 日本はその中でどのような役割を果たすべきか
- 中国はどこまで既存の秩序を受け入れ、どこからを改めようとしているのか
といった、より大きなテーマを私たちに突きつけています。
ネット上で語られる「台湾は日本のままになるぞ」というツッコミは、もちろん現実的な選択肢ではありませんが、「戦後秩序を全面否定するなら、自らもまたその矛盾に直面する」ということを示す、痛烈な皮肉でもあります。
日本にとって重要なのは、
- サンフランシスコ平和条約とその後の国際秩序の枠組みを正面から見つめ直しながら
- 台湾海峡の安定、東アジアの平和、そして日中関係の安定的な発展を、どのような形で追求していくのか
を、冷静かつ現実的に考えていくことです。
強い言葉や感情的な反発だけでは、複雑に絡み合った歴史と国際政治の問題は解きほぐせません。だからこそ、条約や宣言の一つひとつの意味を丁寧に確認しながら、相手国の論理も含めて理解しようとする姿勢が、今あらためて求められているのではないでしょうか。


