高市首相発言と中国の「強気」の背景――キーワードは日中の貿易依存度

高市早苗首相の「台湾有事」「存立危機事態」をめぐる国会答弁をきっかけに、日中関係の緊張が一気に高まりました。中国側は観光や経済分野での対日圧力を強め、日本を名指しで批判するなど、表向きには非常に強気な態度を取っています。
しかし、貿易統計や経済構造を丁寧に見ていくと、この「強さ」は同時に、中国側の弱さや不安の裏返しでもあることが見えてきます。ここでは、今の情勢を理解するうえで重要なキーワードとなる「貿易依存度」に焦点を当て、分かりやすく整理していきます。

1.高市発言でなぜここまでこじれたのか

2025年11月、高市首相は国会で台湾有事に関する質問に答える中で、「(中国が)戦艦を使って、そして武力の行使も伴うものであれば、どう考えても存立危機事態になり得る」と明言しました。これは、日本がこれまで取ってきた「戦略的曖昧さ」を一歩踏み越える発言として、中国側は強く反発しています。

中国はこれに対し、日本への渡航自粛の呼びかけや、水産物の輸入停止、軍事演習の強化など、これまでの対日圧力パターンを踏襲した対応をとっています。
台湾有事を日本の安全保障と結び付けたことに対して、国営メディアが高市首相を「毒苗」と呼ぶなど、世論を硬化させるような表現も使われました。

一方で、日本側も答弁撤回には応じず、「日本は中国に対し建設的でオープン」「国益を最大化する」といった基本姿勢を崩していません。そのため、両国とも引くに引けない状態となり、摩擦が長期化する懸念が指摘されています。

2.表向きの「強気」の裏側にある中国の事情

ニュース内容1が伝えるように、上海など現地を訪れると、政府関係者やビジネス界からは、対日強硬姿勢と同時に、長期的な対立は避けたい本音も見えてきます。背景にあるのが、中国経済の貿易依存度の高さです。

中国経済は近年、「内需拡大」を掲げつつも、依然として輸出主導型の色合いが濃いと指摘されています。
内需が伸び悩み、生産能力が過剰になるなかで、純輸出(輸出から輸入を差し引いたもの)が成長を支える構図が続いてきました。そのため、貿易摩擦の拡大は、中国自身の景気減速リスクと直結しています。

2025年7〜9月期の中国の実質GDP成長率は前年同期比4.8%増と、4〜6月期の5.2%増からさらに減速しました。米中摩擦や不動産不況に加え、日中摩擦が長引けば、2025年の成長目標の達成が危うくなるとの見方も出ています。
こうした状況では、対外的には強いメッセージを出しつつも、経済面での自傷行為は避けたいのが本音だと考えられます。

3.数字で見る日中の「貿易依存度」と相互依存

ここで大切なのが、日中双方の貿易依存度と、どれだけ互いに経済的に結び付いているか、という点です。

日本貿易振興機構(JETRO)のまとめによると、2024年の日本から中国への輸出額は1565億ドル、中国から日本への輸入額は1671億ドルでした。
中国は日本にとって第2位の輸出市場であり、日本は中国にとって第3位の貿易相手国という位置付けにあります。これは、両国の経済が相互依存の関係にあることを示しています。

一方、中国の貿易構造を長期的に見ると、この10年で大きな変化も起きています。
2015年と2024年を比べると、中国の輸出依存度(名目GDPに対する輸出の比率)は20%から19%へ、輸入依存度は15%から14%へと、わずかに低下しました。これは、輸出だけに頼らず、内需の比重を少しずつ高めていることを意味します。

また、日中の貿易関係だけを見ると、中国にとっての日本の重要性は、データ上では徐々に低下しています。
中国の輸出相手国別シェアで、日本の比率は2015年の6%から、直近では4%まで低下しました。同じ期間に、ASEAN向けの比率は大きく上昇しており、中国は米国・EU・ASEAN・「一帯一路」諸国など、多方面に市場を分散させているのが特徴です。

輸入面でも、2025年1〜10月の中国の輸入先として、日本はシェア6%で3位ですが、2015年には同じ3位でありながらシェアは9%ありました。
このように、中国の全体から見ると、日本は依然として重要なパートナーではあるものの、「失えば致命傷」というレベルからは一歩引いた存在になりつつあります。

4.それでも中国が「日本外し」を強調する理由

ニュース内容3で指摘されるように、高市発言以降、中国は日本をあえて外す形の外交・経済イベントを増やし、「14億一丸」を演出しているとされています。国内向けには、「外からの圧力に団結して立ち向かう」という物語を示すことで、政権への求心力を高めようとしている面があります。

また、中国はこの10年で、一帯一路構想を通じて多くの新興国と経済関係を深めてきました。中国にとって、日本や米国に対する「依存度を下げている」と見せることは、新たなパートナー国に対するアピールにもなります。
「日本外し」を前面に出すことで、「日本がいなくても中国は困らない」「中国には他に多数の選択肢がある」というメッセージを発信しているとも言えます。

ただし、これはあくまで構造的な長期トレンドの話であり、短期的には日本との対立が深まれば、中国側にも相応の痛みが生じます。
中国は依然として輸出依存度が高く、対日輸出が減少していけば、貿易黒字が縮小し、製造業の雇用や国内消費に悪影響が出ることは避けられません。

5.「強さではなく弱さのシグナル」という見方

元海将で金沢工業大学虎ノ門大学院教授の伊藤俊幸氏らは、中国の過剰ともいえる対日反応は、「強さ」よりもむしろ弱さのシグナルだと指摘しています。
つまり、中国は内外の課題を多く抱えているからこそ、世論を外に向け、強硬姿勢で「一枚岩」を演出する必要があるという見方です。

日中関係が軍事・安全保障の文脈で語られると、どうしても「力と力のぶつかり合い」というイメージになりがちですが、実際には経済の相互依存が非常に大きな抑制力として働いています。
・摩擦が長期化すれば、中国の輸出主導の成長モデルには逆風となる。
・同時に、日本側も、中国向け輸出や観光収入の減少で、GDPを押し下げる影響が出ると試算されています。

野村総合研究所の試算では、中国・香港からの渡航自粛は、日本のGDPを0.29%押し下げる可能性があるとされました。
この数字は一見小さく見えるかもしれませんが、成長率1%前後で推移する日本経済にとっては、決して無視できないインパクトです。

6.日本側の「中国依存」見直しとサプライチェーン

今回の一連の対立は、日本企業にとっても中国への過度な依存を見直すきっかけとなっています。
多くの企業ではすでに、製造拠点や部品調達を中国一極から、東南アジアなどを含む分散型サプライチェーンへと切り替える動きが加速しています。

中国への製造・調達依存が高い企業ほど、政治的な摩擦が発生すると、物流・検査・サプライヤーとの交渉など、幅広い業務に影響が及びます。
そのため、「中国から完全撤退」ではなく、平時から冗長性を持たせておく、いわば「バックアップ回線」を用意するようなリスク管理が重視されるようになりました。

中国側から見ても、日本企業の撤退や投資凍結が進めば、雇用や技術移転の面でマイナスを抱えることになります。
さらに、日本企業の動きは欧米企業にも警鐘を鳴らす可能性が高く、「中国リスク」を世界的に再確認させるきっかけになり得ます。

7.「レアアース禁輸」は切り札になりにくい?

中国が対日圧力として時折ちらつかせるカードに、レアアース禁輸があります。2010年前後には、日本向け輸出を絞る動きが世界的な波紋を呼びました。
しかし、現在の専門家の多くは、今回は中国がこのカードを全面的には切りにくいとの見方を示しています。

その背景には、世界の対中依存度の高さと同時に、各国がすでに代替調達先を探し始めている現実があります。
もし再び露骨な禁輸に踏み切れば、「中国に頼りすぎるのは危険だ」という認識が、より強く世界に広がり、中長期的には自らの立場を弱めかねません。

この点からも、中国は「強気」を見せつつも、実際には自制を効かせざるを得ない場面が増えているといえます。

8.「貿易依存度」を踏まえて日中関係をどう見るか

ここまで見てきたように、日中関係の悪化は、軍事・外交面だけでなく、貿易依存度やサプライチェーンの構造変化とも深く結び付いています。

  • 中国は過去10年で、日本への貿易依存度を相対的に下げ、多角的な相手国との関係を強化してきた。
  • それでも、輸出主導の成長モデルゆえに、輸出全体への依存は依然として高く、対日摩擦の長期化は自国経済の足かせとなる。
  • 日本は中国を最大級の貿易・投資相手国としながらも、過度な依存を下げる方向で動いている。
  • 互いの「強気」の裏には、それぞれの弱さや不安があり、完全な決裂は双方にとって大きな損失となる。

ニュース内容2が強調するように、中国の過剰な反応は、必ずしも「自信満々」のサインではなく、国内外の環境悪化への焦りがにじんだ「弱さのシグナル」とも読めます。
同時に、日本側も、経済的なつながりを冷静に把握しながら、安全保障上の懸念をどう伝えていくかという、難しい舵取りを迫られています。

今後の日中関係を考えるうえでは、「価値観の違い」や「安全保障」の議論に加えて、貿易依存度やサプライチェーンといった現実的な経済関係を、冷静に見つめ直すことが欠かせません。
強い言葉が飛び交う局面であっても、その背後にある「数字」と「構造」を見ていくことで、情勢を落ち着いて理解できるようになります。

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