日本、中国向けフォトレジストの輸出制限をめぐる騒動 半導体業界に波紋
最近、半導体産業の世界で大きな話題になっているのが、「フォトレジスト」をめぐる日本と中国の関係です。韓国メディアを中心に、「日本が中国向けのフォトレジスト出荷を事実上停止した」との報道が相次ぎ、中国の半導体メーカーの生産に支障が出るのではと懸念されています。一方で、日本政府は「貿易管理の変更は行っていない」と明確に否定。一見すると矛盾しているようにも見えますが、このニュースの背景には、日中関係の緊張と、半導体をめぐる国際的な駆け引きがあります。
フォトレジストとは? 半導体製造の“命綱”
まず、「フォトレジスト」という言葉に馴染みのない方もいるかもしれません。これは、半導体の製造工程で使われる非常に重要な化学物質です。
- フォトレジストは、光に反応して性質が変わる「感光性の塗料」のようなもの。
- 半導体の基板(ウェハー)に塗布され、その後、光を当てて微細な回路パターンを描く「フォトリソグラフィー工程」で使われます。
- この工程がうまくいかないと、スマホやパソコンの心臓部となる高性能な半導体チップが作れません。
つまり、フォトレジストは、先端半導体を作る上で欠かせない「核心素材」。日本はこの分野で世界シェアの70%以上を占めるトップメーカーが多数あり、世界の半導体産業に大きな影響力を持っています。
「中国向け出荷停止」報道の内容
2025年12月初旬、韓国メディアを中心に、「日本が中国向けのフォトレジストの輸出を事実上中断した」との報道が流れました。具体的には、台湾の『工商時報』などが、業界関係者の話として次のように伝えています。
- 日本が中国へのフォトレジスト供給を中断したという情報が半導体業界に広がっている。
- このまま原材料が確保できなければ、SMIC(中芯国際集積電路)や華虹半導体といった中国の大手半導体メーカーの先端工程の生産ラインが、生産量を減らすか、1カ月以内に完全に稼働を停止する可能性もある。
この報道がきっかけで、中国の半導体企業はサプライチェーンの多角化を急いで検討し始めているとされています。つまり、「日本に頼りすぎていたら、突然供給が止まったら困る」という危機感が高まっているのです。
日本政府の公式見解:「貿易管理の変更はない」
一方、日本政府はこうした報道に対して、はっきりと否定の立場を示しています。
2025年12月3日、木原稔官房長官は記者会見で、「日本がフォトレジストの中国向け出荷を事実上中断した」という報道について問われ、「日本の貿易管理として、報道にあるような変更は行っていないと聞いている」と述べました。
つまり、公式な輸出規制の変更や、貿易管理のルール変更はしていないという立場です。これは、2019年に韓国を対象にした「公式な輸出規制強化」とは異なる対応だということになります。
「非公式な制限」の可能性と業界の見方
では、なぜ「出荷停止」という報道が広がったのでしょうか?
専門家の分析によると、日本政府が「公式な規制」ではなく、企業に対して“非公式に”輸出を控えるよう働きかけている可能性があるとされています。これは、政府間の対立をあまり表立って刺激せずに、実質的な制裁効果を狙う戦略だと解釈されています。
韓国のIBK証券のイ・ゴンジェ研究員は、「日本政府が過去に韓国を圧迫した公式の輸出制限措置と異なり、非公式に中国の半導体産業を圧迫する理由は、最近深まる中国と日本の政府間の対立を刺激せずに実質的な制裁を加えるためとみられる」と指摘しています。
この「非公式な制限」が長期化すれば、中国が掲げる「半導体自立化計画」に大きな打撃を与える可能性があるとされています。
日中関係の緊張が背景に
今回の動きの背景には、日中関係の悪化があります。2025年11月、高市早苗首相が国会で「台湾有事は日本の存立危機事態とみる」と発言。これに対して中国側が強く反発し、両国の外交的対立が一気に激化しました。
中国はその後、自国民に対して日本への訪問を自制するよう勧告するなど、報復措置を取っています。それに対して日本が、半導体の核心素材であるフォトレジストの輸出を制限する動きを見せたとみられ、外交対立の“カード”として半導体素材が使われている構図が浮かび上がっています。
韓国半導体素材業界の反応
この騒動は、韓国半導体素材業界にも大きな注目を集めています。特に、ドンジンセミケムやSoulbrain(ソルブレイン)といった企業は、2019年の日韓対立時に日本の輸出規制を受けて、フッ化水素やフォトレジストの国産化に成功した企業です。
業界関係者は、「日本の措置が現実化し、韓国企業の供給可能性を中国でも検討中と聞いている」と話しており、中国が日本からの供給が難しくなれば、韓国企業に注文が回る可能性があると見ています。
ただし、「適切な代案がないためだが、恩恵の度合いはさらに見極める必要がある」とも話しており、実際にどれだけの需要が韓国に回るか、まだ不透明な部分が多いことも事実です。
株式市場への影響
このニュースは、韓国の株式市場にも影響を及ぼしました。日本が中国向けフォトレジストの輸出を制限したという噂が広がると、半導体素材・部品・装備関連銘柄の株価が急騰。
- ドンジンセミケムは前日、株価が11%以上上昇。
- 感光剤メーカーの京仁洋行も株価が17%以上急騰。
- ソルブレインも株価が大きく上昇しました。
しかし、日本政府が「貿易管理の変更はない」と明言したことで、翌日にはこれらの銘柄が一転して下落。投資家の間では、「日本の対中輸出規制が長期化すれば、韓国素材企業だけでなく、サムスン電子やSKハイニックスのような大手半導体メーカーにも“反射利益”が生まれる」という見方も出ています。
2019年の日韓対立との違い
今回の動きは、2019年に起きた日韓対立時の「半導体素材輸出規制」とも比較されています。当時、日本は韓国に対して、フッ化水素、フォトレジスト、フッ化ポリイミドの3つの半導体関連素材の輸出を厳しく規制。
これにより、サムスン電子やSKハイニックスなど韓国の大手半導体メーカーが、先端半導体の生産に支障を来すのではないかと懸念され、韓国国内で大きな危機感が広がりました。
今回の中国向けの動きは、公式な規制ではなく、非公式な“事実上の制限”という点で、2019年とは性質が異なります。しかし、半導体素材を外交カードとして使うという点では、同じ構図だと言えるでしょう。
今後の見通しと業界の課題
現時点では、日本政府は公式な輸出規制の変更を否定しているため、「出荷停止」ではなく「出荷の抑制」や「審査の厳格化」といった形で、中国向けのフォトレジスト供給が制限されている可能性が高いとされています。
中国の半導体メーカーにとっては、サプライチェーンの多角化が急務です。日本だけでなく、韓国や台湾、欧米のメーカーとの取引を強化し、“中国依存”ではなく“多国間依存”の体制を整える必要があります。
一方、韓国企業にとっては、中国市場の需要を取り込むチャンスでもありますが、地政学的なリスクや、品質・量産体制の整備といった課題も残っています。
まとめ:フォトレジストをめぐる国際的な駆け引き
今回のニュースは、「フォトレジスト」という一見地味な素材が、国際政治と半導体産業の交差点で大きな影響力を持っていることを改めて浮き彫りにしています。
- 日本は、世界トップのフォトレジスト技術を持ち、外交カードとして使える立場。
- 中国は、先端半導体の自立化を目指すが、日本に依存する部分が大きく、リスクを抱えている。
- 韓国は、2019年の経験を活かして国産化を進めた企業がおり、“緩衝地帯”としての役割が期待されている。
今後、日中関係の動向や、中国のサプライチェーン再編の動きに注目が集まります。フォトレジスト一つで、世界の半導体産業の地図が変わる可能性があるのです。



