高額療養費制度が見直しへ 長期治療患者は配慮しつつ、70歳以上の「外来通い放題」を抑制

厚生労働省は、公的医療保険の高額療養費制度について、自己負担の上限額(自己負担限度額)を見直す方針を固めました。今回の見直しは、限られた医療財政の中で制度を持続可能にする一方、長期で治療を続ける患者の負担軽減策は維持することが大きな柱となっています。また、70歳以上の外来医療については、いわゆる「通い放題」と批判されてきた仕組みを改め、上限額を引き上げる方向で調整が進められています。

高額療養費制度とは?基本をやさしくおさらい

高額療養費制度は、病気やけがで医療費が高額になった際に、1か月あたりの自己負担額が一定の上限を超えた分が払い戻される制度です。
この「上限額」は、年齢や所得(年収・課税状況)によって細かく区分されており、収入が低い人ほど上限額が低くなるように設計されています。

例えば、70歳未満で年収約500万円の人の場合、現在はおおむね「8万100円+(総医療費-26万7,000円)×1%」という計算式で上限額が決まります。
このおかげで、入院や手術などで医療費が数十万円、数百万円とかかった場合でも、実際に自分で支払う金額はある程度に抑えられています。

なぜ今、高額療養費制度を見直すのか

背景にあるのは、急速な高齢化と医療費の増加です。
日本は世界でも有数の長寿国であり、医療技術の進歩によって助かる命も増える一方、薬剤費や入院費などの総医療費は年々膨らんでいます。

高額療養費制度は、患者の窓口負担を大きく抑えてくれる「セーフティーネット」ですが、その分、差額は公的医療保険(保険料や税金)から支払われます。つまり、制度を維持するためには、現役世代を含めた保険料負担の増加が避けられません。
厚労省は、こうした状況を踏まえ、「負担能力に応じた見直し」を進めることにしました。

見直しの柱1:所得に応じて自己負担限度額を引き上げ

厚労省が示した案では、2025年8月から段階的に自己負担限度額を引き上げることが提案されています。
ポイントは次の3つです。

  • 所得区分ごとの上限額を引き上げ
  • 所得区分を細分化し、より「負担能力」に応じた設計にする
  • 低所得層への配慮として、引き上げ幅を抑える

具体的には、70歳未満だけでなく70歳以上も含めて、住民税非課税世帯を除く所得区分が3つに細分化され、それぞれで上限額が変わります。
平均的な収入を超える層では、全体の平均より高い率で上限額を引き上げる一方、平均を下回る層では引き上げ率を抑える方向が示されています。

また、保険者(健康保険組合や協会けんぽ、市町村国保など)の負担を抑え、すべての世代の保険料負担を軽くすることも、見直しの目的のひとつとされています。

見直しの柱2:長期治療患者への「負担軽減策」は維持

今回の見直しでは、がんや難病などで長期にわたって治療を続ける患者に対する特別な配慮は、維持される方向です。

例えば、同じ世帯で高額療養費の支給が複数回続いた場合に、上限額をさらに引き下げる仕組みや、年間を通じた負担を抑える措置など、長期・反復的な受診による家計への打撃を和らげる制度は、引き続き残されるとされています。
これにより、生活に直結する慢性疾患や長期入院の患者が、一気に負担増に直面することがないように配慮されています。

70歳以上の外来「通い放題」をどう変えるのか

今回とくに注目を集めているのが、70歳以上の外来医療に対する特例の見直しです。
現在は、70歳以上の人には「外来医療の自己負担に月額上限を設ける特例」があり、この枠が比較的低く抑えられていることから、「通い放題」につながっているのではないかという指摘がありました。

厚労省の案では、外来の自己負担限度額(上限)を所得区分ごとに見直し、引き上げることが示されています。
資料によると、70歳以上の外来上限は、次のように変わる方向です。(いずれも高額療養費における月額上限)

  • ①(低所得層の一部)8,000円 → 8,000円(据え置き)
  • ② 8,000円 → 13,000円
  • ③ 18,000円 → 20,000円
  • ④(現役並み所得など)18,000円 → 28,000円

また、年間上限額についても、例えば「③」の区分では14万4,000円 → 16万円へ引き上げる案が示されています。
これにより、これまでよりも自己負担が増える人が出る一方で、低所得者層の最も低い区分は据え置きとされており、生活への影響には一定の配慮がなされています。

なぜ70歳以上の外来を厳格化するのか

70歳以上の外来医療は、通院回数が比較的多く、慢性的な受診が続きやすいという特徴があります。
現在の外来特例では、自己負担に低い上限が設定されているため、頻回の受診をしても患者側の負担があまり増えない仕組みになっています。

このことが、必要な医療だけでなく、「念のための受診」や「薬だけもらいに行く受診」を増やしているのではないかという議論がありました。
もちろん、医師の判断による継続的な診療は重要ですが、制度全体としてみたとき、限られた医療資源と財源をどう配分するかという課題に直面しています。

そのため厚労省は、外来特例を見直して上限額を引き上げることで、「本当に必要な受診」を重視してもらう狙いを示しています。
一方で、入院や重い病気の治療など、必要性が高い医療については、引き続き高額療養費でしっかり守る、というバランスを取ろうとしています。

見直しはいつから、どのように行われるのか

高額療養費制度の見直しは、2025年8月から2027年8月にかけて段階的に実施される案が示されています。
いきなり大きく上限額を上げるのではなく、「激変緩和措置」として2段階での引き上げとすることで、家計への急激な影響を抑える設計です。

70歳未満についても、同様に所得区分ごとに自己負担限度額が引き上げられる見通しで、特に平均より高い所得層で負担増が大きくなる方向です。
一方、住民税非課税世帯などの低所得層は、上限額据え置きや引き上げ幅の抑制など、配慮がなされています。

私たちの生活にはどう影響するのか

今回の見直しにより、高額療養費の自己負担上限額が全体として上がるため、これまでよりも「自己負担が増える」人が出てきます。
特に、

  • 70歳以上で外来受診が多い人
  • 現役並みの所得がある高齢者
  • 平均より高い所得の現役世代

では、月ごとの医療費が高額になった場合の負担が、これまでより重くなる可能性があります。

一方で、

  • 住民税非課税世帯などの低所得者
  • 長期・継続的な治療が必要な患者

については、上限据え置きや軽減措置の維持などにより、負担の増加ができるだけ抑えられる方向です。
「弱い立場にある人を守りつつ、負担能力のある層には相応の負担をお願いする」という考え方での見直しといえます。

今後、私たちが意識しておきたいこと

今回の高額療養費制度の見直しは、「医療はタダではない」という現実をあらためて意識させる動きともいえます。
その一方で、

  • 重い病気や思いがけない入院の際には、依然として大きなセーフティーネットがある
  • 長期治療患者への支援は維持される
  • 低所得層への配慮も盛り込まれている

といった点も押さえておくことが大切です。

今後、制度改正の詳細が固まれば、ご自身やご家族の年齢・所得・持病の有無などに応じて、「どのくらい医療費がかかったら、自己負担はいくらになるのか」を一度シミュレーションしてみると安心につながります。
高額療養費制度は、複雑に見えますが、知っているかどうかで家計の負担が大きく変わる制度です。これを機に、健康保険証の裏側にある仕組みに、少しだけ目を向けてみてはいかがでしょうか。

参考元