世界遺産・熊野古道で広がる新しい旅のかたち ―― ワンコイン「伊勢路タクシー」と、クマ情報の正しい発信
世界遺産に登録されている熊野古道は、古くから「祈りの道」として多くの人に親しまれてきました。その中でも、三重県東紀州エリアを通る熊野古道伊勢路や、和歌山県田辺市を通る中辺路は、いま改めて注目を集めている人気のルートです。
最近の話題は、大きく2つあります。ひとつは、峠歩きの負担をぐっと軽くしてくれる「熊野古道伊勢路タクシー(伊勢路タクシー)」の好評な運行と、2025年12月から始まるAIによるサービス案内の試験導入。もうひとつは、クマ出没情報が取りざたされる中で、「熊野古道・中辺路では被害ゼロ」という事実を、海外にもしっかりと伝えようという取り組みです。
いずれも、「安全で、快適に、安心して熊野古道を楽しんでもらいたい」という地域の思いから生まれた動きです。本記事では、これらのニュースを、初めて熊野古道を訪れる方にも分かりやすいよう、やさしい言葉でご紹介します。
峠歩きがぐっと身近に ワンコインで乗れる「熊野古道伊勢路タクシー」
熊野古道伊勢路は、伊勢から熊野を結ぶ歴史あるルートで、石畳の道や深い森、海を見下ろす峠道など、変化に富んだ風景が魅力です。一方で、「峠の入口までどうやって行けばいいの?」「歩き終わった後、車を停めた場所に戻るのが大変」といった声も少なくありませんでした。
そんな悩みに応える形で、三重県が実証事業として導入したのが「熊野古道伊勢路タクシー」です。峠のスタート地点とゴール地点を片道500円・1グループ1回という分かりやすい料金で結んでくれる、ありがたいサービスです。
運行期間は2025年10月4日から12月21日までの土日祝、時間帯は13時から16時となっており、マイカーやレンタカーで訪れた方が、効率よく峠歩きを楽しめるように工夫されています。
人気の3つの峠をつなぐ便利な足
伊勢路タクシーが対応しているのは、人気の3つの峠です。
- ツヅラト峠:かつて伊勢と熊野を結ぶ交通の要衝として栄えた峠。山深い景色と、どこか懐かしさを感じる雰囲気が魅力です。
- 荷坂峠:海と山がせめぎ合うような地形の中を抜けていく峠。視界が開けるポイントでは、東紀州ならではの風景が楽しめます。
- 馬越峠:美しい石畳が続くことで知られ、「これぞ熊野古道」と感じさせてくれる人気コースです。
これらの峠では、「行きは自分の足でじっくり歩き、帰りはタクシーでさっと移動」というように、片道だけしっかり歩くスタイルが現実的になります。駐車場からの行き帰りをすべて徒歩でこなそうとすると、体力や時間の面でハードルが高くなってしまいますが、タクシーをうまく使うことで、無理なく熊野古道を満喫できます。
また、伊勢路タクシーを利用すれば、宿泊場所や食事場所の選択肢が広がるのもポイントです。歩く時間と移動時間のバランスがとりやすくなるので、「午前中は峠歩き、午後は温泉でゆっくり」「夕方に港町で新鮮な海の幸を楽しむ」といった、ゆとりのあるプランも立てやすくなります。
JRとの連携も アクセスバスと組み合わせてスムーズに
熊野古道伊勢路では、タクシーだけでなく「熊野古道アクセスバス」も期間限定で運行されています。JR特急「南紀」の到着時刻にあわせて、紀伊長島駅、尾鷲駅、熊野市駅などから峠口へと結んでくれるバスで、「電車+バス+タクシー」を組み合わせることで、車を持たない旅行者でも峠歩きがしやすくなっています。
例えば、JRで紀伊長島駅まで移動し、アクセスバスで峠の入口へ。その後は歩いて峠を越え、ゴール地点から伊勢路タクシーを利用して駐車場や駅に戻る――といった回遊の仕方が可能です。これにより、周遊型の観光が促され、地域全体のにぎわいにもつながっています。
2025年12月からAIによる案内を試験導入
さらに注目されているのが、2025年12月からのAIによるサービス案内の試験導入です。
伊勢路タクシーの利用にあたっては、これまで電話予約が基本でしたが、実証事業の一環として、AIを活用した案内システムの導入が予定されています。AIが加わることで、次のようなメリットが期待されています。
- ルート案内:歩きたい峠や時間帯を伝えると、最適な利用方法を提案してくれる。
- 利用条件の案内:運行時間や料金、予約方法などを、多言語でわかりやすく案内。
- 混雑状況の目安:時間帯によって利用しやすさを教えてくれる仕組みの検討。
今後の詳細は、三重県や特設サイト等で順次案内される見込みですが、AIを取り入れることで、初めての人でも迷わず利用できるサービスへと進化していくことが期待されています。
クマ情報の「誤解」をなくしたい 中辺路は被害ゼロ
一方で、熊野古道が注目されるなかで、もうひとつ大事なニュースがあります。それは、「クマに関する情報の伝わり方」です。
近年、各地でクマの目撃情報や被害がニュースになることが増えています。その流れの中で、「熊野古道にもクマが出るのでは?」「歩くのは危険なのでは?」という不安の声が、特に海外の旅行者から聞かれるようになりました。
しかし、和歌山県田辺市を拠点に観光情報を発信する田辺ビューローなどの調査・発信によると、熊野古道・中辺路エリアでは、これまで人身被害はゼロであり、「危険だ」というイメージだけが一人歩きしている面があると指摘されています。
こうした誤解を正すため、田辺ビューローは、特に海外向けに「正確なクマ情報」を発信し、安心して中辺路を歩いてもらえるよう取り組んでいます。「クマがまったくいない」というわけではありませんが、これまで中辺路で人に危害が及んだ事例はなく、適切な対策をとれば安全に楽しめるという事実をていねいに説明しているのです。
なぜ誤解が生まれるのか
誤解の背景には、いくつかの要因があります。
- 日本各地のクマ被害のニュースが、地域を限定せず「日本=危険」と受け取られてしまう。
- 海外メディアで、日本の山岳地帯に関する情報が、大きなひとまとまりで紹介されてしまう。
- 「Kumano Kodo」という名前から、「熊が多い道」というイメージを持たれてしまうケースもある。
こうした情報のズレを正すために、田辺ビューローは、英語など多言語で「中辺路では被害ゼロ」「現地でのルールを守れば安心して歩ける」といったメッセージを分かりやすく発信しています。これは、単に観光客を呼び込みたいからではなく、正しい情報に基づいて判断してもらいたいという思いからの取り組みです。
安全に楽しむための基本的な心構え
もちろん、自然の中を歩く以上、100%の安全はありません。中辺路に限らず、熊野古道全体で、次のような基本的な自然への配慮を心がけることが大切です。
- 複数人で歩く:なるべく一人歩きは避け、声を掛け合いながら歩くことで、動物に自分の存在を知らせることができます。
- クマ鈴などの音の出るものを身につける:音によって人の存在を伝え、動物との不意の遭遇を避ける効果が期待できます。
- 早朝・夕方の薄暗い時間帯を避ける:見通しの悪い時間帯は、動物も人も互いに気づきにくくなります。
- ゴミは必ず持ち帰る:食べ物の匂いを山の中に残さないことは、クマだけでなく、すべての野生動物との適切な距離を保つうえでとても大切です。
これらは特別なことではなく、「自然の中にお邪魔している」という気持ちで過ごすための基本的なルールです。こうしたマナーを守ることで、熊野古道本来の静けさや美しさを、より安心して味わうことができます。
伊勢路と中辺路、それぞれの魅力と共通する想い
今回ご紹介した伊勢路タクシーと、中辺路におけるクマ情報の正しい発信は、一見別の話に見えるかもしれません。しかし、その根底には共通した想いがあります。
- 熊野古道を、もっと身近に:アクセスの不便さを解消し、体力に自信がない方や初心者でも楽しめるようにする。
- 熊野古道を、安心して:不安をあおる噂や不正確な情報ではなく、事実に基づいた安全対策を知ってもらう。
- 熊野古道を、長く大切に:自然と共生しながら、未来の世代にもこの道を残していく。
伊勢路では、ワンコインのタクシーとアクセスバス、そしてAIによる案内という新しい技術やサービスが、伝統ある巡礼の道を支えています。
中辺路では、「被害ゼロ」という現状をふまえつつ、クマとの共生を前提とした正しい理解を広めようとしています。
どちらも、地域の方々が「この道を、これからも多くの人に歩いてほしい」と願い、知恵と工夫を重ねている証といえるでしょう。
これから熊野古道を歩いてみたい方へ
もし、これから熊野古道を歩いてみたいと考えているなら、まずは自分の興味や体力に合ったコース選びから始めてみてください。
- 伊勢路:海と山のコントラスト、石畳の峠道、港町の雰囲気など、変化に富んだ景色が魅力。伊勢路タクシーやアクセスバスを活用すれば、初めてでも計画が立てやすくなります。
- 中辺路:熊野三山へと続く代表的な巡礼路。田辺市周辺から山里を抜け、奥深い熊野の森へと分け入っていく道のりは、「歩く旅」の魅力を存分に味わわせてくれます。
旅の準備としては、
- 公式サイトや観光協会の情報で、最新の交通情報・安全情報を確認する。
- 無理のない行程を組み、時間と体力に余裕を持った計画を立てる。
- 現地のルールやマナーを事前に知っておく。
こうしたひと手間が、旅そのものをより豊かなものにしてくれます。
熊野古道は、ただの観光地ではなく、千年以上にわたって人々の祈りや想いが積み重なってきた道です。伊勢路の新しい交通サービスや、中辺路の丁寧な情報発信は、その歴史を未来へつないでいくための、現代ならではの取り組みといえるでしょう。
あなたも、ぜひ自分のペースで、この道を一歩一歩たどってみてください。海のきらめきや森の香り、石畳を踏みしめる感覚のひとつひとつが、きっと心に残る旅の記憶になるはずです。



