プラダによるヴェルサーチェ買収とデザイナー電撃退任──何が起きたのか

イタリアの高級ブランド「プラダ」が、同じくラグジュアリーブランド「ヴェルサーチェ」を買収した直後に、ヴェルサーチェのチーフ・クリエイティブ・オフィサー(CCO)であるダリオ・ヴィターレ氏が電撃退任することが明らかになりました。

今年3月に就任し、9月にデビューコレクションを発表したばかりのデザイナーが、わずか1シーズンでブランドを去るという異例の展開に、ファッション業界では驚きと注目が集まっています。

今回のニュースは、「プラダ」「ヴェルサーチェ」という2つのビッグネームの関係性が大きく変わる転換点であり、今後のラグジュアリー市場の勢力図にも影響を与えそうです。

ヴェルサーチェ買収と1.4ビリオンドルの取引

ヴェルサーチェは、これまでアメリカのカプリ・ホールディングス傘下にありましたが、12月初旬、プラダ・グループによる買収手続きが完了したと報じられました。

買収額は約15億ドル、日本円で約1.4ビリオンドル相当とも伝えられ、単独ブランドを巡るファッション業界の取引としては、指折りの大型ディールとなっています。

この買収によって、プラダ・グループは「プラダ」「ミュウミュウ」に続く第3の柱として「ヴェルサーチェ」を抱えることになり、イタリア発のラグジュアリー・コングロマリットとしての存在感を一段と強めることになります。

ダリオ・ヴィターレとは誰か

ダリオ・ヴィターレ氏は、ミュウミュウで約15年にわたりキャリアを積み上げ、最終的にはレディ・トゥ・ウェアおよびイメージディレクターとしてブランドの成長期を支えたことで知られるデザイナーです。

2025年春、長年にわたりヴェルサーチェを率いてきたドナテラ・ヴェルサーチェ氏の退任を受け、ブランド創設以来3人目のクリエイティブリーダーとしてCCOに就任しました。

就任決定の背景には、ミュウミュウでの商業的・文化的な成功と、若い世代にも響くモード感覚を持ち合わせている点が評価されたと見られています。

絶賛されたデビューコレクション

ヴィターレ氏は、9月にヴェルサージェでのデビューとなる2026年春夏コレクションを発表し、多くのファッションメディアから高評価を受けました。

80年代のアーカイブにインスパイアされた大胆で活気のあるルックが話題となり、一部メディアは熱のこもったレビューで「新生ヴェルサーチェ」の可能性を強調していました。

こうしたポジティブな反応により、業界の多くは、ヴィターレ氏が数年単位でブランドの再構築を行っていく長期的なビジョンを描くものと考えていました。

それでも退任はなぜ「突然」に見えるのか

しかし、好評を博したコレクションからわずか数カ月後、ヴィターレ氏の退任が明らかになります。

退任日は12月12日付とされており、プラダ・グループはこの決定について「双方の合意によるもの」と説明していると報じられています。

デビュー直後の評価が高かったこともあり、外部から見ると「成功していたのになぜ辞めるのか」という疑問が生じ、衝撃的なニュースとして受け止められています。

買収タイミングとの微妙な重なり

ヴィターレ氏がヴェルサーチェのCCOに就任したのは2025年春で、そのタイミングは、ちょうどプラダ・グループによる買収の噂や報道が出始めた時期と重なっていました。

つまり、彼がブランドのトップクリエイターに任命された時点で、ヴェルサーチェが将来的にプラダ・グループの傘下に入る可能性は、業界内ではある程度意識されていた状況だったと言えます。

その一方で、本人はプラダ・グループの外で新しいキャリアを築きたい意向を持っていたとする報道もあり、買収完了が彼にとって予想外の展開だったと指摘する声もあります。

プラダの経営ビジョンと人事判断

複数のメディアは、ヴィターレ氏の退任発表が、プラダ・グループによるヴェルサーチェ買収完了からわずか2日後になされたことを指摘し、この人事が新オーナー側の経営ビジョンを反映したものだと分析しています。

プラダ・グループは、傘下ブランド全体でシナジーを重視する方針を掲げており、クリエイティブとビジネスの両面で、中長期的な成長戦略に合致する人材配置を進めていると見られます。

ヴェルサーチェにおいても、今後のブランドポジショニングや価格戦略、デジタル施策などを踏まえ、プラダならではの美意識とマネジメントスタイルをどこまで反映させるかが焦点になりそうです。

ドナテラ退任から続く「転換期」

ヴェルサーチェは、創業者ジャンニ・ヴェルサーチェ氏の死去後、妹のドナテラ・ヴェルサーチェ氏が約30年近くブランドを牽引し、その官能的でマキシマリストなデザインで21世紀のブランドイメージを築き上げてきました。

ドナテラ氏がクリエイティブディレクターの座を降り、ヴィターレ氏が新たなCCOとして就任した時点で、ブランドはすでに「ひとつの時代の終わり」と「次の章の始まり」を同時に迎えていたとも言えます。

そこに今回のプラダ・グループによる買収とトップデザイナーの電撃退任が重なり、ヴェルサーチェは短期間のうちに重層的な変化に直面することになりました。

ヴェルサーチェとプラダ・グループの新体制

経営面では、ヴェルサーチェの最高経営責任者(CEO)であるエマニュエル・ギンツブルガー氏が引き続き留任すると報じられています。

一方で、プラダ・グループの会長パトリツィオ・ベルテッリ氏と、CSRを統括するロレンツォ・ベルテッリ氏(ミウッチャ・プラダ氏の息子)が、ヴェルサーチェのエグゼクティブ・チェアマンに就任する見込みで、新体制の枠組みが形成されつつあります。

これにより、プラダ側の経営陣がヴェルサーチェの運営に深く関わる構図が明確になり、デザインのみならず、組織と戦略レベルでの統合が進むことが予想されます。

後任デザイナーは未定、ブランドは「宙に浮いた」状態に?

現時点で、ヴィターレ氏の後任となるチーフ・クリエイティブ・オフィサーやクリエイティブディレクターについては、公には発表されていません。

報道によれば、ヴィターレ氏は2026–27年秋冬コレクションの会場探しを進めていたとされ、内部では次のシーズンに向けた準備が動いていた最中での退任だったことがうかがえます。

そのため、ブランドとしては短期的にクリエイティブの舵取り役が不在になるリスクを抱える一方、新体制にふさわしい人物を慎重に選ぶ時間を確保したとも考えられます。

ヴィターレ退任の背景にあるとされる「キャリア志向」

一部報道では、もともとヴィターレ氏が「プラダ・グループ外」でのキャリア構築を志向していたとされ、彼にとってヴェルサーチェの同グループ入りは想定外だったのではないかという見方が示されています。

ミュウミュウからヴェルサーチェへの移籍は、グループ外で自らの実力を試す新たな挑戦として位置付けられていた可能性が高く、買収完了によりその前提が変わってしまったとも解釈できます。

こうした背景が、プラダ・グループと本人双方の合意による「円満な決別」という現在の説明とも、ある程度整合的に映ります。

プラダにとってのヴェルサーチェの意味

プラダ・グループは、ミニマルで知的な「プラダ」、より遊び心と若々しさを持つ「ミュウミュウ」に続く、第3の軸として「ヴェルサーチェ」を迎え入れたことで、ポートフォリオの幅を一気に広げることになります。

ヴェルサーチェは、きらびやかで官能的なスタイル、ゴールドやバロック柄を多用した強い個性が特徴であり、プラダ本体のイメージとは対照的な世界観を持つブランドです。

この対照性こそが、グループ全体としてのブランド群の多様性を高め、異なる顧客層や市場にアプローチできる大きな強みになると見込まれています。

今後のコレクションはどう変わる?

現時点では、今後のシーズンにおけるヴェルサーチェのクリエイティブ体制がどのように構築されるのか、具体的な情報は限られています。

新しいCCOが外部から招聘されるのか、あるいは社内のデザインチームから昇格するのかによって、コレクションのテイストやブランドの方向性は大きく変わる可能性があります。

プラダ・グループとしては、これまでのヴェルサーチェらしさを尊重しつつ、自社のノウハウを生かしたプロダクト戦略やサステナビリティの取り組みをどの程度反映させるかが重要なポイントになるでしょう。

プラダ、ミュウミュウ、ヴェルサーチェの立ち位置比較

ここで、プラダ・グループが抱える3ブランドの特徴を整理すると、それぞれが異なる役割を担っていることが見えてきます。

ブランド 主なイメージ・強み ターゲット層の傾向 今回のニュースとの関係
プラダ 知的でミニマル、コンセプチュアルなラグジュアリー。 モード志向が強く、洗練されたスタイルを好む層。 ヴェルサーチェを買収したグループの中核ブランド。
ミュウミュウ 若々しく遊び心があり、ポップな感性を持つブランド。 ファッション感度が高い若年層・クリエイティブ層。 ダリオ・ヴィターレ氏が長年在籍し、キャリアを築いたブランド。
ヴェルサーチェ 官能的で大胆、マキシマリストな装飾性が特徴。 グラマラスで目立つスタイルを好むグローバルな富裕層。 今回プラダ・グループに買収され、トップデザイナーが退任。

市場とファンが注目するポイント

ヴェルサーチェのファンにとって最大の関心事は、「ブランドらしさ」が今後も保たれるのか、それともプラダ的なミニマリズムやビジネスロジックが強く反映されるのかという点です。

また、好評だったヴィターレ氏の初コレクションが、今後のアーカイブとしてどのように評価され、どれだけ商品化されるのかも、マーケットの反応に影響を与える要素となるでしょう。

投資家や業界関係者は、買収後数年スパンで売上や利益がどう変化するか、そして3ブランドのシナジー戦略がどのような成果を生むかを注視しています。

ファッション業界にとっての意味

今回の件は、ラグジュアリーブランドが巨大グループのポートフォリオの一部となる流れの中で、クリエイティブ人材のキャリアや役割がどのように変化しつつあるかを象徴する出来事でもあります。

デザイナーは単にコレクションをつくる存在ではなく、ブランドのアイデンティティとビジネスの両方を担うポジションに置かれており、グループ戦略との相性がこれまで以上に重視されています。

その意味で、ヴィターレ氏の短期での退任は、個人の評価というより、グループの長期戦略と本人のキャリア志向の「ずれ」が早い段階で表面化した結果と見ることもできます。

今後の注目点と読み解き方

今後数カ月の間に、ヴェルサーチェの新しいクリエイティブトップが誰になるのか、そしてどのシーズンからその人の色が反映されるのかが、大きな注目ポイントになります。

同時に、プラダ・グループがヴェルサーチェを「どのようなポジションのブランドとして育てたいのか」が、広告キャンペーン、店舗デザイン、コラボレーション企画などを通して少しずつ見えてくるはずです。

ファンとしては、これまでのヴェルサーチェらしい華やかさと、新体制ならではの新鮮さがどのように共存していくのか、そのバランスに注目していきたいところです。

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