徳島県立近代美術館、6720万円の贋作「自転車乗り」を全額返金 ― 所蔵美術の真贋問題とその顛末
話題の概要:歴史的な美術館購入の贋作事件
徳島県立近代美術館で長年所蔵され、ジャン・メッツァンジェによる貴重な油彩画として展示されてきた「自転車乗り」が、購入から四半世紀以上を経て「贋作」と断定されました。美術館は専門的な科学調査を通じて、絵画の真贋を慎重に検証。判明した事実を社会に公表し、購入元の画廊へ返却。金額は6,720万円、画廊側は美術館の申し出に応じて全額の返金を行いました。
贋作発覚までの道のり
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購入の経緯
1999年1月に美術館が大阪の画廊から「自転車乗り」を購入。収集方針として西洋美術、とりわけキュビスムの流れを代表する作家の作品を求めていた美術館は、ジャン・メッツァンジェの作としてこの絵画を導入。鑑定書も専門家から提供され、真正性や価格面も複数の条件で適切であると判断された上で収蔵された作品でした。 -
贋作疑惑と真贋調査
2010年から2011年にかけて、ドイツで贋作事件が発覚し、ベルトラッキという贋作者の一連の作品群が問題となります。2024年6月、美術館関係者が「自転車乗り」もその一つとする海外の記事を発見し、本格的な真贋調査を開始。東京文化財研究所など専門機関による科学的な分析や資料収集が実施され、2025年3月、正式に贋作であると判断・発表されました。
科学調査による贋作の裏付け
絵画の真贋判定は美術館の担当学芸員による造形・技法の吟味と共に、科学鑑定の進歩を活かした精密な分析が決め手となりました。各種顔料の分布や作品の年代、コラージュ技術の検証、そして画家が同時期に制作した他作品との比較分析などを複合的に実施。結果として「ジャン・メッツァンジェの真作ではなく、贋作者が空想で描いた模倣作品」と結論付けられました。
美術館の購入方針・鑑定の難しさ
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美術館側の収集の理念
徳島県立近代美術館は人間像に着目した西洋美術コレクションの拡充を目指しており、ピカソなどの巨匠と並ぶジャン・メッツァンジェのキュビスム作品を重要視していました。そのため、由緒ある鑑定書や取引事例を慎重に照合した上で収蔵に踏み切りました。 -
鑑定書と贋作のすり抜け
収蔵当初は美術界の権威による鑑定書も添付され、価格も既存取引実例と一致することから「疑わしい点はない」と認定。それにもかかわらず、後年新たな科学的知見や国際的な贋作事件の発覚により、真贋の判断が大きく覆りました。近年の贋作者は、データベースや技法の徹底した模倣により、専門家をも欺く作品を制作するケースが増えています。
返金の詳細と社会への影響
美術館は贋作「自転車乗り」を速やかに購入元の画廊へ返却。画廊側も社会的信用や取引の正当性を重視し、全額返金に応じました。購入元が誠実に対応したことで、公的美術館の損失は回避される形となりました。
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社会的な注意喚起と情報公開
美術館は本件について、報告展示会を開催。作品の実物を公開し、担当学芸員が所蔵から判定、返金に至るまでの経緯や科学調査の内容を分かりやすく説明した「報告展示」を実施。多くの市民が鑑賞し、美術界全体が贋作対策の大切さを考える契機となりました。 -
贋作事件の余波と教訓
本件は美術品の収蔵・流通における鑑定の難しさ、国際的な贋作ネットワークの存在、そして最新技術による真贋判定の必要性を示す事件として広く注目されています。美術館・画廊・専門家は、今後さらに厳密な鑑定体制や科学的調査の積極活用を求められる時代となっています。
報告展示の開催と市民へのメッセージ
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報告展示の目的
美術館は、贋作と判明した「自転車乗り」を一般公開し、分かりやすい解説を通して美術鑑賞者だけでなく市民全体へ問題提起。キュビスムの特徴や贋作技法の分析、購入経緯から科学調査への流れまでを市民の目線で解説する展示を実施して、透明性を確保しました。 -
学芸員による説明会
所蔵の実物をギャラリー前に展示し、学芸員が30分程度の質疑応答を交えて概要を説明。市民に向けた謝罪とともに、美術館が今後も公的な責任を持って所蔵作品を管理・展示していく姿勢が表明されました。
美術品の真贋判定とは ― 贋作問題の本質
近年の美術品流通において、贋作問題は世界的な関心事項です。贋作者は、画家の作風や技法を徹底的に分析し、写真や鑑定書などの外部証拠を利用しながら詳細に「らしさ」を装います。美術館や画廊は、数十年にわたる経験と知識、さらに科学分析を併せて検証しますが、贋作者も新技術を駆使し真作に肉薄する模倣を行うため、真贋判定は益々困難になっています。
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科学調査の役割
化学的な顔料分析、経年変化の測定、過去のデータベースとの照合、X線や紫外線による画像検査など、多様な最新技術が活用されています。しかし、複雑化する贋作技法に対処するためには、鑑定の国際協力やデータ共有が不可欠であると指摘されています。 -
市民へのメッセージ
美術館は市民へ「常に作品の真正性を疑い、歴史や背景、技法について学ぶことの大切さ」を訴えています。万一贋作が発覚した場合にも、迅速に情報公開し、問題解決に真摯に対応する姿勢が今後ますます重要となります。
これからの美術館の役割と課題
今回の事件は、美術館の収蔵品や公的な文化資産の管理体制、高度化した贋作技術への対応策、そして社会への説明責任と情報公開体制のあり方に一石を投じました。専門家や関係者だけでなく、広く市民が真贋問題について学び、考える環境整備が急務です。
- 収蔵品の厳密な鑑定手順の再構築。
- 科学調査と美学的分析との融合による新たな鑑定方法の開発。
- 美術館と画廊、専門機関の密な情報共有体制の確立。
- 市民への分かりやすい情報発信と、学びの機会が増設されること。
美術館は今後も、文化の森総合公園として、地域と世界につながる美術品の収蔵・展示・研究・教育活動に邁進する姿勢です。収蔵作品の模範的管理に努め、贋作問題を教訓として、美術と社会の信頼構築を続けていくことでしょう。
今後に向けた市民と美術館の思い
徳島県立近代美術館の担当者は「ご心配やご迷惑をおかけし申し訳ありません」と謝罪しつつ、市民のみなさまと美術館がともに歩み、多様な芸術に親しむ未来を丁寧に作っていく意思を表明しています。報告展示への参加や学芸員との交流を通じ、本物の芸術への理解を深めるきっかけとなることを目指しています。



