「ばけばけ」話題・三之丞の意外な最期:ラシャメン、家族、そして時代の波

はじめに――朝ドラ「ばけばけ」の現在地

NHK連続テレビ小説「ばけばけ」は、2025年秋クールに朝の時間帯で放送されている話題作です。主演の高石あかりさんが、困難な時代の中で真摯に生きるヒロイントキを演じ、ドラマはコミカルさと壮絶さが織り交ぜられた独特の世界観で、多くの視聴者を虜にしています。

主人公の親戚、雨清水家の三男三之丞(板垣李光人)の辿る過酷な運命、そして母タエが物乞いへと落ちぶれながら必死に生き抜く様が近年稀に見る注目を集めています。また、劇中で語られる「ラシャメン」(洋装の女性)、海外文化との対比も物語の大きな鍵となっています。

三之丞の歩んできた道――家族、試練、成長

三之丞は、兄たちの死を経て家督を継ぐことになり、第3週には父(雨清水傅/堤真一)の死という大きな喪失を経験します。母・タエとともにこれからを歩まねばならなくなった三之丞は、次第にけなげに、そして必死に強く生き抜こうとする姿が印象的です。「視聴者から見ると“かわいそう”と思われるかもしれませんが、彼自身は必死に生きようとしている」と演じる板垣李光人さんは語っています。

幼い頃から兄たちに囲まれて育った三之丞は、本来なら家督を継ぐ立場にはありませんでした。しかし兄が家族を離れたこと、もう一人の兄の早逝――時代の波に翻弄され、父の死後は母と共に家業再建に挑みます。しかし家運は傾き、生活は困窮。近代化の波が押し寄せ、旧士族の矜持と現実の狭間で苦悩する三之丞の姿は、視聴者の胸を打ちます。

ドラマでは、家族の絆とともに、尊厳と自己肯定を問い直す三之丞の成長が丁寧に描かれています。苦悩の過程で、彼が母タエとどう心を通わせていくか、またその道程での「強さ」「手放し」が物語の重要なポイントとなっています。

「なぜ腹切りしませんでしたか」――小泉八雲との出会いと最期

三之丞の人生にはもう一つ、時代の文化衝突という大きなテーマが横たわっています。それを象徴するのが、小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)とのエピソードです。明治という時代の転換期、三之丞は八雲に「なぜ腹切り(切腹)しなかったのか」と問われる場面があります。この問いかけは、武士道や家名にこだわる旧時代的価値観と、近代的自我や人権感覚との狭間で苦しむ三之丞の心情を深く描いています。

このやり取りは、三之丞の人生の終焉を暗示するものとなります。家業や家族への責任を果たしきれず、また“家”も維持できなかった重圧…。最終的に孤独な最期を迎える三之丞の姿は、朝ドラ史上でも稀有なものですが、彼なりに懸命に生き抜いた証でもあります。

母タエの物乞い生活、身分と女性――「ばけばけ」第34回の衝撃

物語の後半、タエは生活苦から物乞いに身を落とします。「ばけばけ」世界では、ヒロイン率いる登場人物たちが何らかの社会的困難に直面しますが、タエの場合その落差が特に大きく描かれています。

物乞いとなったタエのもとに現れる三之丞。彼は母を守るため、トキ(高石あかり)からもらった金を工面しますが、その使い道や「親孝行」が無力であることに直面します。彼らが背負う“士族であること”、“女性であること”という二重の足枷。時代背景と相まって、身分や社会的制約が人物の人生を大きく左右する様子がリアルかつ丁寧に描かれています。

また、ドラマではラシャメン(洋装女性)の姿も多く描かれ、封建的思考や男性優位の社会の中で、女性がどのように自己実現や生き抜こうとしたかが繊細に表現されています。タエの物乞い姿は視聴者に強烈なインパクトを残し、ネット上でも「やりすぎ」「魂を感じる」と大きな反響を呼んでいます。

司之介とトキ――受け継がれる「行動力」

三之丞の家族を見守るもう一人のキャラクターが、司之介(岡部たかし)です。第33回では、トキ(高石あかり)が司之介の尾行をかわし、アクション仕込みの身体能力を発揮する場面が話題となりました。トキの俊敏さや果敢な行動力は、実の兄たち――三之丞が最後まで持ち得なかった“強さ”の現代的表現になっています。

この対比は、家族や世代を超えて受け継がれる思いと限界を浮き彫りにしています。時代は変わり、人の価値観も変容する中で、“柔軟さ”が新しい生き方の鍵となることを、ドラマは優しく、時に厳しく描写しています。

モデルとなった実在人物と時代背景

雨清水三之丞のモデルは、小泉セツの弟である小泉藤三郎だと考えられています。明治時代の廃藩置県や秩禄処分により、多くの士族が没落し、近代社会へ適応する必要に迫られました。三之丞の「勉学嫌いで鳥好き」という素顔や、父との軋轢など、史実に近い描写が多く取り入れられているのも特徴です。

父・湊がリウマチに倒れ、家運が没落、兄弟たちの不在や早逝。時代の激流が、かつての名家をあっという間に飲み込んでいきます。ラシャメンという異国文化の象徴、士族から庶民への転落、女性の自立、それぞれが重層的に絡み合い、近代日本の家族像を炙り出しています。

板垣李光人と「ばけばけ」の現在

三之丞役の板垣李光人さんは、2024年の「八犬伝」「はたらく細胞」「陰陽師0」などで新進俳優として注目され、今作で更なる飛躍を遂げています。彼の繊細な演技が、三之丞の成長と孤独、そして家族への深い思いを静かに、しかし確実に視聴者へと伝えています。

また、「ばけばけ」自体が大阪制作らしい軽妙さと、現代的な問題提起とが融合した画期的作品として高く評価されています。強さと弱さ、運命への抵抗と受容。ドラマが描き出す世界は、現代にも通じる人生の希望と諦念、その両方を優しく抱きしめてくれます。

まとめ――ラシャメンと朝ドラの次代へ

「ばけばけ」は、ラシャメンという象徴的な時代背景のもと、一家の没落と再生、家族や個人の尊厳、女性や弱者への視点、そして近代日本の課題を深く描きます。三之丞、タエ、トキらが紡いだ物語は、人がどれほど運命に翻弄されようとも、ささやかに、けれど必死に生き抜く尊さや醜さを教えてくれます。三之丞の「腹切り」や孤独死は悲劇として描かれますが、そこには「時代を生き抜いた者」だけが到達できる静かな納得も感じられます。

今後の放送でも、彼らが時代の波の中で見せていく希望や哀しみにもご注目ください。

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