大阪ガスとGreen Carbonが挑む「水田由来カーボンクレジット」~フィリピンで始まった気候危機対策の最前線~

はじめに:脱炭素社会への鍵を握る「カーボンクレジット」とは?

カーボンクレジットは、温室効果ガスの排出削減や吸収活動によって生み出された「削減量」を証明し、売買できるようにした仕組みです。世界が気候変動対策に本格的に取り組む中、特に製造業やエネルギー産業にとって、自社の排出削減のみならず、こうしたカーボンクレジットを活用した間接的な対策も重要性を増しています。

大阪ガス株式会社はこの分野で新たな一歩を踏み出しました。2025年10月、スタートアップのGreen Carbon株式会社、出光興産や兼松などとともに、フィリピンで水田由来のカーボンクレジット創出プロジェクトの民間コンソーシアムを日本で初めて組成し、現地での取り組みを始動させたのです

フィリピン・ブキドノン州でのパイロット事業—水田が変える未来

今回、大阪ガスとGreen Carbonが取り組むプロジェクトの大きな特徴は、米づくりの現場で発生するメタンガスの排出を抑制することでカーボンクレジットを生み出せる点です。

  • メタンは二酸化炭素よりも強力な温室効果をもつため、農村部による削減努力が地球規模の脱炭素戦略で重要視されています。
  • その“切り札”として採用されたのが、「間断かんがい技術(AWD:Alternate Wetting and Drying)」です。

このAWDは、水田の水を一定期間排水し土壌が乾燥した状態をつくった後、再びかんがいする管理手法。従来のように常に水が張られている状態よりも、メタンガスの発生源となる嫌気的な状態を抑えることで、放出量を効果的に減らせるのです

なぜ二国間クレジット(JCM)なのか?日本とフィリピンの役割

このプロジェクトは、日比両国で協定を結び、温室効果ガスの削減成果を双方の国際目標(パリ協定NDC)に活用できる「二国間クレジット制度」(JCM:Joint Crediting Mechanism)に基づいて進められています。

  • JCMは先進国と途上国が連携して脱炭素技術を導入し、その恩恵を協同管理・活用する国際制度です。
  • 2025年2月には、水田メタン削減へのAWD活用が日本とフィリピン両国のJCM対象技術として正式承認されました
  • 大阪ガスやGreen Carbon等の民間企業同士が連携し、JCMでのカーボンクレジット創出を目指す民間コンソーシアムの組成は日本初であり、国の方針に大きく寄与する点からも注目されています。

民間イニシアチブ「水田JCMコンソーシアム」とは

水田JCMコンソーシアムには、大阪ガス、Green Carbon、出光興産、兼松、損害保険ジャパン、東邦ガス、芙蓉総合リース、三菱UFJ信託銀行といった多様な分野の日本企業が参加。加えて、環境省農林水産省もオブザーバーとして名を連ねています

  • 各社はフィリピンでの間断かんがい技術普及・カーボンクレジット化に向け研究・実証・啓発活動を連携して推進。
  • 現地の農家が技術を導入しやすくする支援策や金融リテラシー向上のためのプログラムも展開しています
  • 今後も賛同企業を増やし、知見やデータの相互活用によって、プロジェクト全体の精度と規模の拡大を加速する計画です

間断かんがい技術(AWD)で何が変わる?—効果検証と今後の展望

  • AWDの科学的根拠:
    水田では土中が嫌気(酸素が少ない)になるほど、土壌微生物の働きで有機物からメタンが発生します。しかし、一時的に田んぼを乾燥させるAWDを導入することで、この嫌気状態が解消され、メタンの発生が大幅に抑えられます
  • 農家へのメリット:
    収量が極端に低下しないよう工夫された導入手法により、米の生産性にも大きな悪影響は出ていません。逆に水管理の効率化による収益向上、JCMクレジットを通じた追加収入の獲得、さらに農家経済の安定化にも寄与しています
  • 現地社会への波及効果:
    フィリピン現地の社会や経済にとっては、気候変動リスクへの適応力向上、持続的な農業発展、マイクロファイナンス推進など、多方面での波及効果も期待されています

政策背景:日本の脱炭素目標とJCM

2025年2月、日本政府は温室効果ガス排出目標をアップデートし、2035年度に2013年度比で60%削減、2040年度で73%削減を目指すことを閣議決定しています(パリ協定のNDC)

カーボンクレジットは国内削減分だけでなく、JCMによる海外での削減成果を日本の目標達成にカウントできるスキームとして重視されており、本プロジェクトの推進力になっています

投資・事業規模と自社利用の展望

大阪ガスは今後10年間で、十数億円規模の投資を予定しています

  • 発行されたカーボンクレジットは、自社の都市ガス事業におけるカーボンオフセット商品にも積極的に活用される計画です。
  • 現地パートナー国とのフェアな利益配分で、持続可能な事業構築を目指しています。

グローバルな連携と日本発技術の社会実装

  • 国際協力の深化:
    日本はJCMの枠組みで30か国以上のパートナーと協力しており、気候変動対策を通じた国際貢献に積極的な姿勢を示しています
  • 民間主導による課題解決:
    政府だけでなく企業や農家、市民社会が連携することが、新たな仕組みの市場形成・拡大には不可欠です。大阪ガスをはじめ、多様な企業が参画する本コンソーシアムは、その成功例といえるでしょう
  • 「自然を活用したソリューション」の拡張つながり:
    こうしたAWD技術を始め、今後は森林保全、マングローブ植林、牛のゲップ削減、バイオ炭…といった自然由来のさまざまなカーボンクレジット創出へ、Green Carbon主導で取り組みが拡大することが見込まれています

おわりに:地域の課題と人々の暮らしの架け橋に

日本発のテクノロジーと制度設計、そして民間主導ならではの実効的なプロジェクト運営が、遠くフィリピンの農村に新たな活力をもたらしています。農家の生活向上、気候危機への適応、そしてグローバル企業の脱炭素戦略—それぞれの思いが現地の田んぼで実を結びつつあります。

大阪ガスGreen Carbonの挑戦は、社会や経済、そして気候そのものまでも持続可能につなぎ直す新時代のモデルケースとして、これからも各方面の注目を集めていくことでしょう。

参考元