大河ドラマ『べらぼう』第38回「地本問屋仲間事之始」―きよ、蔦重、歌麿、そして定信の交錯する運命
2025年のNHK大河ドラマ『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』は、第38話「地本問屋仲間事之始」において、物語の大きな転換点を迎えました。蔦屋重三郎(蔦重)、喜多川歌麿、そしてきよのそれぞれの想いと選択。さらに松平定信率いる幕府の改革や出版規制と、町人たちの知恵と対抗。今回は第38話で描かれた彼らの複雑な絡み合い、運命の分岐、そしてそこに漂う時代のうねりについて、分かりやすくやさしい言葉で振り返ります。
きよとの出会い、別れ――歌麿ときよの壮絶な日々
本話最大の見せ場の一つが、歌麿と「きよ」の関係性のクライマックスです。歌麿が一心不乱にきよの顔を描く場面、その前後で流れる切ない空気は、多くの視聴者を涙させました。きよは病(瘡毒、今で言う梅毒)で体調を大きく崩し、時には錯乱するほど衰弱。そんなきよのそばに寄り添い、看病しながら、歌麿は彼女の存在そのものを浮世絵の中に永遠に封じ込めようと、必死に筆を動かします。二人の出会いが、やがて別れとなる運命は避けられませんでした。
- 歌麿はきよの面影を写し取り、喪失の悲しみとともに、芸術家としての使命を再確認します。
- きよの最期を看取るその姿は、歌麿の「世界的画家」への扉を開く、ひとつの心の転換点となったのです。
蔦重と政演(山東京伝)――出版文化をめぐる葛藤とぶつかり合い
もう一つの大きな軸は、蔦重(蔦屋重三郎)と北尾政演(山東京伝)との間で繰り広げられる、本づくりにかける想いと信念のぶつかり合いです。本話では、出版業界を守り、娯楽と知の可能性を広げたい蔦重に対し、政演は自らの信念や弱さ、揺らぎを露呈します。二人は一度、口論の末、けんか別れしますが、鶴屋のはからいで再会。
- 蔦重は、出版によって時代に風穴を開けることを強く望みますが、「しくじったのは蔦重さんじゃねえですか」という政演の叫びは彼に届かず、それぞれの孤独もまた浮かび上がります。
- 出版がただの商売以上の意味を持ち始める中、自分を偽れない政演の内面描写が印象的でした。
定信による「寛政の改革」と出版統制――江戸の町に吹く冷たい風
松平定信は、本話でますます厳しさを増し、学問や思想への弾圧、出版統制へと乗り出します。寛政の改革と呼ばれるこの動きは、町民文化を脅かし、蔦重たち出版人に大きな試練をもたらします。
- 江戸の町では、「悪玉提灯」を手に暴れる若者が増え、市中の治安が乱れていきます。これもまた、改革に対する庶民の不満や息苦しさの現れ。
- 定信は町奉行の長谷川平蔵を呼び、「人足寄場」を設立するよう命じます。この人足寄場は、無宿者や犯罪者の更生を目指す、いわゆる“矯正施設”です。現代の刑務所の原点ともいえる施設で、定信の冷徹ながら社会全体を考えた政策が光ります。
- 出版統制が強まると、表現や文化の自由が大きく制限され、蔦重たちが創ろうとする新しい本や絵も危機に直面します。
作品世界の中で揺れる人々の思い――涙と希望が交錯するエンターテインメント
『べらぼう』第38話は、笑いと涙、時に謎と痛快さをもって、江戸時代という時代の疾風怒濤を活写しました。町人たちが力を合わせて新たな出版ネットワーク(地本問屋仲間)を作り、支え合う姿も描かれています。
- 蔦重たちの本づくりへの飽くなき挑戦は、時に幕府に目をつけられ圧力を受けながらも、文化の灯を絶やさない力そのものでした。
- 歌麿は人生の痛みや後悔、絶望と向き合いながら、芸術の力で自らと時代を乗り越えようとします。その背後には、きよとの日々が大きな影響を与え続けます。
- 人足寄場をめぐっては、「悪人」に見える者にもやり直しの機会が与えられ、新しい時代がゆっくりと動き始める様子も印象的です。
登場人物たちの想いと、これからの展開
この第38話は、主要登場人物それぞれの胸の底にある飾らない弱さや葛藤、変えがたい願いを見事に炙り出しました。視聴者は、蔦重やきよ、歌麿、政演、定信らの「本当の気持ち」に寄り添いながら、江戸の出版文化の激動と再生を体感したことでしょう。『べらぼう』は単なる歴史ドラマではなく、今を生きる私たちにも、自由と表現、そして仲間との絆の大切さを問いかけてくれます。
- きよとの別れに涙し、蔦重たちの戦いの行方に胸を躍らせ、町全体の変化にこそ時代の息吹を感じる。
- 次回以降も、各自の選択がどのような新しい歴史や文化を生み出すのか、ますます目が離せません。
『べらぼう』が今の時代に問いかけるもの
最後に、一つの大きなテーマとして浮かび上がるのは「表現の自由」と「壁を越える勇気」です。時に自分が信じるものを貫き通そうとすれば、必ずしも世間に受け入れられない困難がある。ですが、蔦重たちが示すように、困難の中でこそ新たな価値が生まれ、本当の意味で人々の心に火が灯るのです。
これからも『べらぼう』は、江戸から現代へと続く「文化」と「表現の魂の物語」を、私たちに語り続けてくれることでしょう。