プロローグ:現代に息づく中秋節の魅力
2025年の中秋節(テト・チュン・トゥー/Tết Trung Thu)、ベトナム・ハノイでは、伝統文化と現代テクノロジー、そして多様な世代・国籍の人々が交わる一大イベントが繰り広げられています。旧暦8月15日を祝うこの祭りは、韓国や中国など東アジアでも知られる「中秋節(중추절)」の一つですが、ベトナム独特の子ども中心の文化財や、家族団らんの温かさが際立っています。
Z世代が描く伝統と現代の融合
今回特筆すべきは、若い世代であるZ世代(1990年代後半~2010年代生まれ)が、自らの「幼少期の思い出」を大切にしながら、SNSやデジタルメディアを活用して中秋節を盛り上げている点です。「自分たちの子ども時代を再現したい」という思いから、伝統的な灯籠行列や獅子舞、月餅作りに積極的に参加し、そこに現代的なアレンジを加えています。
- 伝統文化のリバイバル:ホアルー通り2番地のベトナム文化芸術展示センターでは、ドンホー(Dong Ho)伝統工芸村の職人によるワークショップや、サーカス、人形劇など多彩なプログラムが展開されています。Z世代はこれらの伝統行事を「レトロ体験」として楽しみつつ、インスタグラムやTikTokで発信。ハッシュタグ「#중추절2025」「#ハノイ灯籠」などがトレンド入りしています。
- 現代的なイベントとの融合:従来の灯籠やフルーツトレイ展示に加え、今年はコスチュームフェスティバルやアート展も実施。特に「秋のインスピレーション」展では、子どもたちの想像力あふれる絵画や、クオイおじさん、ハンさんなどベトナム中秋節のキャラクターをモチーフにした独創的な衣装が展示され、来場者を楽しませています。
- 家族の絆とSNS文化:親子で月餅を食べたり、ランタンパレードに参加したりする様子を、Z世代の若者たちがスマートフォンで撮影し、オンライン上でシェア。「自分の子どもにも同じ体験をさせたい」という声がSNS上で多く見られます。
ベトナム文化芸術展示センター副所長のトラン・クアン・ヴィン氏は、「今年の中秋節は、国の伝統的な文化的価値を尊重するとともに、若い世代が自分たちのルーツをさらに理解し、愛し、結びつける機会となった」とコメントしています。
外国人観光客が魅了されるベトナムらしい中秋節
ハノイの旧市街やホアンキエム湖周辺には、毎年この時期、色とりどりの装飾が施され、中秋節限定の月餅屋台や玩具店、提灯店が所狭しと並びます。こうした異国情緒あふれる光景に、今年も多くの外国人観光客が足を止めています。
- 現地ならではの体験:旧市街のハンマー通りでは、数百もの玩具店や提灯店が軒を連ね、子どもたちが星形や鯉、月の兎の形をした提灯を持ち、夜になると提灯行列に参加します。この光景は、日本人観光客にも「中秋の名月」とは一味違う、アジアの多様な文化を感じさせます。
- 月餅とベトナム菓子の魅力:ベトナムの月餅は、中に緑豆あんや蓮の実、卵黄などが入ったものが多く、日本の和菓子とはまた異なる味わい。スーパーやコーヒーチェーン店でも期間限定で販売され、観光客は「お土産用の箱入り」と「その場で食べる1個売り」の両方を楽しめます。
- インスタ映えスポットとしての人気:ハノイ旧市街は、アオザイ姿の女性や伝統衣装をまとった子どもたち、カップルや家族連れが写真を撮る絶好のロケーション。中秋節ならではのランタンや装飾を背景に、SNS投稿用の写真を撮る観光客の姿が目立ちます。
また、ベトナム中部のトゥエンクアン市では、地元住民がデザイン・制作した巨大ランタンが並ぶ「ベトナム最大の中秋節祭り」が開催されており、その創造性と規模の大きさが国内外の観光客の間で話題となっています。
AIと伝統が融合する新体験
今年の中秋節で特に注目を集めているのが、AI(人工知能)技術を活用した新しい伝統体験です。ハノイの文化施設では、子どもたちが「AI統合型の紙のお医者さん(paper doctor)」作りを体験できるワークショップが開催されました。
- AI紙のお医者さん体験:伝統的な「紙のお医者さん」は、ベトナムの子どもたちが中秋節に作る人形の一つ。今年はそれにAI技術を組み合わせ、自分で作った紙人形に簡単な会話や動作をプログラミングできる体験コーナーが設けられました。子どもたちは「自分のお医者さん」に名前をつけ、AIで声を出させたり、動かしたりして遊びました。
- 伝統工芸と先端技術の共存:この企画は、伝統的な星形ランタンや竹とんぼづくりと並んで実施され、親子で楽しみながら「伝統の今」を体感できる内容となっています。
- 教育効果と未来への展望:「AI統合型紙のお医者さん」は、ものづくりの楽しさとプログラミングの基礎を同時に学べる教材としても評価されています。保護者からは「子どもが夢中になって取り組んでいた」「伝統文化とテクノロジーの両方を体験できてよかった」との声が多く寄せられました。
また、ハノイの旧市街にある文化芸術センターでは、伝統的な獅子頭(獅子舞の頭)の復元プロジェクトも紹介され、ベトナム北部固有の獅子舞文化を次世代に伝える試みが進められています。
中秋節がもたらす地域活性化と文化交流
今回の中秋節では、地元住民や観光客、子どもたち、Z世代、外国人と、多様な人々が一堂に会し、ベトナムの伝統文化を体感しました。特に以下の点が地域活性化と国際交流に貢献しています。
- 地元商店街の活性化:旧市街の商店やカフェ、市場では、中秋節限定の商品やメニューが並び、多くの人が訪れることでにぎわいを見せています。月餅やランタン、玩具の販売が好調で、地域経済にも良い影響を与えています。
- 国際的な文化発信:外国人観光客がSNSで現地の光景を発信することで、ベトナムの中秋節文化が世界中に広がっています。日本語や英語の観光ガイドにも、「ベトナムで中秋節を体験しよう」という特集が組まれるなど、国際的な関心の高まりが感じられます。
- 多世代・多文化の交流:親子三代で参加する家族や、カップル、学生、外国人旅行者らが一緒にランタン行列やワークショップを楽しむ姿は、多文化共生の象徴的な光景です。
エピローグ:中秋節がつなぐ過去、現在、未来
2025年ハノイの中秋節は、伝統を大切にするZ世代の若者、異国の文化に魅了される外国人観光客、そしてAIなどの先端技術と触れ合う子どもたち――三者三様の楽しみ方が共存する、まさに「多様性の祭典」となりました。
伝統的な灯籠や月餅、獅子舞は変わらず受け継がれつつも、現代的なアレンジやテクノロジーとの融合によって、さらに多くの人々を惹きつけています。ベトナム文化スポーツ観光省や地元自治体、市民団体が連携し、今後もこうした取り組みを継続・発展させていくことが期待されます。
中秋節という古くからの文化行事が、これからも世代を超え、国境を越えて愛され続ける——その可能性を、2025年のハノイはまさに体現しているのです。