ジンバブエ、米ドル利用からの脱却へ――2030年までの通貨政策転換とその背景
はじめに:ジンバブエの通貨動向が世界の注目を集める理由
アフリカ南部に位置するジンバブエでは、ここ数年、通貨政策の大転換が段階的に進められてきました。かつてハイパーインフレーションにより自国通貨の信頼を完全に失った経験を持つこの国は、これまで複数通貨制を採用し、特に米ドル(USD)を事実上の主通貨としてきました。
2025年9月、ジンバブエの中央銀行や財務省から「2030年までに米ドル利用を終了し、新たな現地通貨への完全移行を目指す」との声明が相次いで発表され、世界経済界に大きな衝撃を与えています。本記事では、現地の状況とこの政策転換の経緯、そして今後の展望について、わかりやすく解説します。
ジンバブエの通貨の変遷と自国通貨離れの背景
ハイパーインフレから複数通貨制へ
2000年代のジンバブエは、かつてない規模のハイパーインフレーションに襲われ、物価が数億倍にも膨れ上がるなど、国民の生活は困難を極めました。このため、2009年以降はジンバブエ・ドル(ZWD/ZWL)が事実上廃止され、米ドル、南アフリカランド、ユーロ、人民元など、複数の外国通貨が法定通貨として流通しました。
米ドルはその中でも流通量・利便性の点で圧倒的な主役となり、公務員の給与から日常の買い物、貯蓄に至るまで、ほとんどの場面で使われるようになりました。
2016年以降、政府はジンバブエ債券(通称「ボンドノート」またはZW$、ZWL$)の発行や、自国通貨の段階的復活を試みてきましたが、国民や市場の信頼を得るには至りませんでした。
米ドル利用の現状と課題
経済の不安定さや自国通貨への不信感から、現在でも国内の取引の多くは米ドル現金で行われており、自国通貨の使用を拒否する小売店すら存在します。硬貨不足から、釣り銭代わりにお菓子が渡されるなど、流通の問題も根深く残っています。また、多様な現金・電子マネー(モバイル決済、銀行振込、プリペイドカードなど)が混在し、現地の物価もレートごとに変動しているのが実態です。
- ジンバブエ・ドル(ZW$、ZWL)は実質的に使い分けされず混在
- 支払い方法は現金(USD/ZW$)、エコキャッシュ等モバイル送金、銀行振込、デビットカード等多岐
- 為替レートは日々変動し、実店舗での確認が必須
2030年に向けた方針転換:脱ドル化と「ジンバブエ・ゴールド(ZiG)」導入
新通貨ZiGによる脱ドル路線の明確化
2024年以降、ジンバブエ政府は金準備に裏付けられた新通貨「ジンバブエ・ゴールド(ZiG)」を発行し、主な法定通貨とする政策を打ち出しました。2025年時点では、国内全取引の約30%がZiGで行われており、政府は「2030年までにZiG100%への完全移行(完全脱ドル化)」を明言しています。
この動きと連動する形で、中央銀行の幹部は「ドル利用を継続するか否かを議論する段階はもう終わった」と断言し、財務省も「2030年以降のドル利用延長策は用意しない」方針を正式に発表しました。つまり、2030年以降は米ドルの公式利用が全て停止される計画です。
ZiG導入の経緯と現状
ジンバブエの現地通貨は、2024年4月8日をもってZiGが法定通貨に認定されました。ただし、紙幣発行の遅延や現場での混乱もあり、現時点ではなお米ドルが強く流通しています。また、企業納税や官公庁の支払いを段階的にZiGに切り替えるなど、制度面での準備作業が進行中です。
- 2025年時点:ZiG流通比率は約30%
- 現金不足、電子決済整備、信頼回復などが課題
- 2030年までに全ての公式取引が脱ドル・ZiG化予定
過去の通貨危機がもたらした市民生活への影響
混乱の象徴「2000年代のハイパーインフレ」
ジンバブエの初代通貨ジンバブエ・ドルは、2000年代後半に桁外れのハイパーインフレーションを記録。「兆」単位の紙幣が発行され、物価や給与が瞬く間に無価値となり、市民生活は極度の困窮に陥りました。
その後、2009年1月に政府は信頼失墜した自国通貨に代わって米ドル等の外貨導入を公式に決定し、ある程度の物価安定・経済成長を取り戻したという歴史的経緯があります。
通貨多様化時代の現場――困難と知恵
2010年代以降、ジンバブエでは小売店・マーケット・交通機関など様々な場面で、米ドル現金や南アフリカランド、モバイル送金など多様な支払い手段が使われてきました。複数レートによる物価変動や、現地通貨への不信も依然として根強いため、日常の買い物や契約一つ取っても市民の知恵と柔軟な対応が求められています。
- 公務員給与・公共料金支払いも長く米ドルが標準
- 現地通貨の信頼度はなお低く、脱ドルには時間を要する
今後の課題:完全脱ドル化は可能か?
通貨安定化への道のり
ジンバブエ政府は、ZiG100%導入を強く掲げ、外貨流通依存からの脱却と金融主権回復を目指しています。しかし、市民・企業の多くは今も「安定した米ドル」を好み、新通貨への信頼は道半ばです。政府は、税制や商取引の現地通貨化、金融インフラ強化、マクロ経済の安定化など、複数の政策を同時に進めています。
加速する政策、残る社会不安
- 2025年時点で3億米ドル規模の法人所得税が納税されており、納税期限などで現地通貨需要が高まっている
- 雇用・取引の約7割が依然として米ドル基準で動いていると見られる
また、政府はジンバブエ・ゴールド(ZiG)を金準備で裏付け、国際的な信頼回復も強調していますが、不透明な先行きや慢性的な流通インフラ不足など、越えなければならない課題が山積しています。紙幣不足、釣り銭対策、電子決済サービスの普及、地方・都市間格差なども調整が必要です。
まとめ:2030年以降のジンバブエと生活者へのメッセージ
ジンバブエの通貨政策は、過去20年にわたる危機と苦難からの教訓が色濃く反映されています。脱ドル化政策は国家独立と経済主権回復への強い意志の表れですが、その道のりは簡単ではありません。市民一人ひとりが現地通貨への信頼を持てるよう、地道なインフラ整備や丁寧な政策運営が今後ますます求められるでしょう。2030年以降、米ドルに代わるジンバブエ独自の経済基盤が安定して確立されるか、今なお世界中から注目されています。