鎌倉高校前駅踏切――インバウンド殺到、その舞台裏と対策の最前線

近年、神奈川県鎌倉市の江ノ島電鉄「鎌倉高校前駅」踏切は、世界的な観光地として新たな注目を集めています。そのきっかけは、バスケットボールを題材にした大人気アニメ『スラムダンク』。作中のオープニングで描かれるこの踏切は、“聖地”として国内外のアニメファンや観光客が押し寄せる場所となっています。

アニメの“聖地”がもたらしたもの――急増する訪日観光客

「スラムダンク」人気の高まりとともに、SNSや動画共有サイトを通じて踏切の写真や映像が拡散。特にインバウンドの観光客が急激に増え、休日や長期休暇中には、狭い道路沿いに数百人が集まる光景も珍しくありません。

  • 中国や韓国をはじめ、東アジア圏からの訪日客が多い
  • アニメ再ブームで若年層やファミリー層の来訪も

訪れた人々は、オープニングで見たあの構図を再現しようと、並んで撮影したり、踏切の音が鳴るごとに動画を収めています。その熱狂ぶりが、地域に新たな経済効果をもたらす半面、近隣住民や通行車両とのトラブルへとつながっているのです。

“言うこと聞いてくれない”――現場で生じる問題とトラブル

増加する観光客のうち、多くの人が譲り合いながら楽しむ一方で、ごく一部による交通マナー無視が、現地の大きな課題となっています。特に問題視されているのは、以下のような事例です。

  • 列車通過時や警報機作動中に、踏切内外で立ち止まって撮影を続ける
  • 道路を長時間占拠したり、車両の通行を妨げる
  • 警察や市の職員による注意喚起にも耳を貸さない観光客がいる
  • 言語の壁や行動規範の違いによるトラブル

これにより、実際に中学生と車の接触事故が発生するなど、住民や通学路を利用する子どもたちの安全が脅かされる場面も起きています。

市による対策――安全と観光の両立への挑戦

こうした事態を受けて、鎌倉市は2025年9月13日より、「撮影エリア設置の実証実験」に踏み切りました。

  • 踏切のすぐ近くの路上ではなく、近隣の公園など安全なスペースに専用撮影エリアを設置
  • 市や鉄道会社の職員が現地で誘導・警備を行い、観光客の通行と撮影をサポート
  • 4日間にわたる実証実験で問題点や必要な職員数などを検証

撮影ポイントには、アニメの名シーンを模した看板や案内板を設け、ファン心理に配慮しつつ、生活道路としての安全性確保を目指しました。

想定外の苦戦――「言うこと聞いてくれない」現場の現実

実証実験の初日から多くの観光客が集まりましたが、市職員によると、「専用撮影スペース」を案内しても、“やっぱり本物の踏切の前で撮影したい”というファンが少なくなく、市の意図通りには人の流れをコントロールできない難しさが顕在化しました。

  • 観光客の多くは、SNS映えなどを意識して「本物」へのこだわりが強い
  • 「撮影エリア」だけで満足せず、踏切脇での撮影も絶えない
  • 多言語で案内しても、全員には伝わりきらない現実
  • 現場対応のスタッフ増員が必要で、マンパワーの限界も明らかに

住民の声と観光客の思い、それぞれのジレンマ

実験期間中、市民や学生、商店主からは「安全対策は絶対に必要」「観光が悪いわけじゃない。ただ住民や子どもたちの日常も守ってほしい」といった声が聞かれました。

一方、観光に訪れたファンからは「ずっと見たかった現地で、思い出の写真を撮りたい」「SNSであの景色を紹介したいけど、迷惑になるならどうすれば…」など複雑な気持ちも。双方が大切にしているものが違うからこそ、現実と理想とのギャップが課題として残りました。

今後の課題――オーバーツーリズム時代と“聖地巡礼”観光のあり方

鎌倉市は、本実証実験のデータを元に「今後も必要な対策を続けていく」と表明しています。しかし、観光と地域の日常、何より安全の担保との調和は、試行錯誤の連続です。

  • 物理的な境界や誘導に限界がある場合、根本的な対話や啓発が不可欠
  • 訪日客の目線で案内表示やルールを見直し、多言語やピクトグラムなどの工夫も必要
  • 地元と観光客が「共存」できる場所づくりへ、行政・鉄道会社・住民による協働が重要
  • 新たな観光ルートの提案や、分散型観光政策との連携促進

現在、「オーバーツーリズム」というワードがあらゆる観光地で課題となる中、アニメ“聖地”の管理もその象徴といえます。今後も「実証実験」のみならず、地域全体の総力で最適解が求められています。

鎌倉の未来へ――聖地・踏切が残すもの

観光立国・日本の一つのショーケースとして、鎌倉高校前駅踏切は、今なお多くの人の記憶と心を動かしています。安全と観光の共存という難しい課題に、市と地域が前向きに向き合い続けることで、これからの観光地の“あるべき姿”が試されているのです。

この取り組みが、全国各地の“聖地巡礼”スポットや、観光と地域生活の両立を目指す場所へのヒントとなる――そんな未来が待たれます。

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