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長濱ねるさんが感じた「8月9日」の温度差――東京と長崎での平和への想い

■ 被爆3世として受け継ぐ使命感

長濱ねるさんは、長崎県出身の俳優・エッセイスト、また被爆3世として知られています。もともとけやき坂46・欅坂46での活動で注目されましたが、その後も自身の原点と平和への想いを活かし、テレビや講演などで発信し続けてきました。2025年夏、彼女は「8月9日」――長崎に原爆が投下された日――について改めて自らの感じた違和感と決意を語りました。

■ 「東京で感じた温度差」――8月9日の記憶と黙とう

2025年8月9日の出来事です。長濱ねるさんは、東京での生活の中で、長崎で当たり前だった「8月9日11時2分の黙とう」が、必ずしも全国的な習慣ではないことに気づいたと言います。

「長崎県で生まれ育った私には、平和学習は当たり前にそこにあるものでした。でも、東京に出てくるとそうではなかった。『あれ?8月9日だけど、みんな黙とうしていない』。周りの人との意識の差のようなものを感じました」と長濱さんは自身の経験を語りました。

「戦争の記憶を伝える」ということが、決して「どこでも共通認識」ではない現実。その「温度差」に直面した彼女は、自分が伝える側の「語り部」としての役割を強く意識するようになったのです。

■ 被爆体験を語り継ぐ「使命」と決意

長崎の人々、特に被爆体験を持つ世代、それを受け継ぐ3世・4世の多くは、自分たちが語り伝える役目を意識しています。2024年には被団協(日本原水爆被害者団体協議会)がノーベル平和賞を受賞するなど、被爆体験の発信が国際的にも注目される中、若い世代の発信者が重要視されています。

長濱さんが進行役を務めた平和学習イベントでは、「世の中を平和にしていくために、われわれが心がけていくこととは?」という問いかけを投げかけ、参加者や視聴者に自分ごととして考えることの大切さを伝えました。

  • 「みんなそれぞれ人を頼らず、一人一人しっかりと考えてほしい」と被爆者・森田富美子さんが語ったように、それぞれの立場で平和に向き合うことの大切さも強調されました。
  • 森田さんと共著で発表されたエッセイ『わたくし96歳 #戦争反対』では、被爆直後の記憶や怒り、今も消えない恐怖についても長濱さん自身の朗読で伝えられました。

■ 「平和学習の集い」や記念式典――各地での取り組み

2025年も日本全国で、原爆や戦争の恐ろしさを伝える「平和学習の集い」や各種追悼式が続けられています。兵庫県西宮市でも「平和学習の集い」が開かれ、原爆投下直後の写真展示や被爆者の証言、黙とうなどを通じて、命や平和の大切さを子どもたちに伝える活動が行われました。

また、長崎では「ながさきピース文化祭」などのイベントが開かれ、長濱ねるさんが総合司会を務めるなど、地元出身としての意識を強く持った活動も続けています。こうした取組は、ただ単に「被害を風化させない」だけでなく、平和を「未来へつなげる責任」を次世代に託すものとなっています。

■ 戦後80年、語り部が担うもの

2025年は「戦後80年」「昭和100年」という、区切りの年でもあります。被爆体験の「直接の語り部」が少なくなっていく中で、長濱ねるさんのような若い世代が、自分の言葉で伝えていく意味は大きくなっています。

  • 「8月9日」を過ごす意識には、地域差や環境差も。長崎や広島では全校生徒そろっての黙とうや記念行事が当然のように行われますが、他地域の多くの人々にとってはその重みや現実感が必ずしも強くありません。
  • こうした温度差を埋め、「知っている」だけではなく「何を考え、どう次世代へ伝えていくのか」を問いつづけることが、これからますます必要とされています。

■ 「伝え続けること」「学び続けること」の意味

長濱ねるさんは、自ら進行役を務めたり朗読を担当するだけでなく、「平和発信者」としての役割を自覚し、積極的に様々なメディアやイベントで発信しています。彼女自身が『あたり前』だと思っていた平和学習や黙とうが、当たり前ではないと知った衝撃、その「温度差」を伝えることで、多くの若い世代に「自分の暮らす場所でも考えられることがある」と気づいてほしいと話しています。

戦争を知らない世代、体験を直接聞けない世代が増えるなかで、「平和について考え、伝える」ことがいかに大切か。長濱ねるさんの行動と呼びかけは、「忘れない」「繋げる」ための新しい語り部として、これからも大きな意味を持っていくはずです。

■ 本当に大切なのは「自分の言葉」で考えること

いま必要なのは、単に決められた行事や黙とうをこなすことではありません。「自分の言葉で考え、学び、行動していく」ことが大切なのです。日本各地、そして海外でも歴史を学び直す動きが広がっています。被爆体験そのものも、必ずしも“重いだけの歴史”ではなく、そこに生きた人々の想いや、復興の力と希望も込められています。

長濱ねるさんが未来へ託そうとする「平和のバトン」。それは「みんなそれぞれ人を頼らず、一人一人しっかりと考えてほしい」という戦争体験者の想いを受け継ぐこと。そして、その思いを次の世代へ、自分らしい形で語り伝えていくことに他なりません。長崎の語り部として、8月9日の持つ意味を問い続ける長濱ねるさんの活動に、これからますます注目が集まっています。

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