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餃子の皮も働き方も、自分の手でつくる。無化調手づくり餃子専門店「餃子屋げん」

2016.08.17 | 出展店舗
餃子の皮も働き方も、自分の手でつくる。無化調手づくり餃子専門店「餃子屋げん」

夏です。暑いです。ビールです!

今回ご紹介するのは、ビール好きにはたまらない出店者さん。約1年前、キッチンカーエリアに突如現れ、その後常連店舗となった無化調餃子専門店「餃子屋げん」です。若干24歳。キッチンカーの出店者ではダントツの最年少というウワサの店主・永森弦人さんに、お話を聞きました。

紆余曲折、でも自分に正直に生きることを諦めず「今が一番楽しい」と語る水森さんの人生のストーリー。プシュッといく前に、ぜひ読んでみてください。

 

“ダメ人間”…でした。

僕は平塚出身で、大磯高校を卒業したあと、調理師学校に行きました。といっても、別に料理が好きなわけでもなく、割となんとなく決めたんです。みんなは大学に行くって言ってたけど、俺は別にやりたいこともないし、行っても仕方ないかな、と思って。親父は美容師だったけど俺には向いていなと思っていて、でもどこかで、「自分でなにかやりたい」「手に職をつけたい」という気持ちはずっとあったんですよね。

そこは卒業すれば免許が取れる1年制の専門学校だったんですけど、その期間もずっと遊んでて、実技の練習もせず、ただ学校に行って授業を受けて、なんとなく過ごしていて。就活のときも、「洋食やろう」と思ったけど特にこだわりはなく、たまたま最初に受けた横浜にある洋食屋さんで働き始めました。でも1ヶ月くらい働いたら系列のパン屋さんにヘルプで行くことになって、結局1年くらいパン屋で働いて。その後、元の店に戻れるっていう話もあったんですけど、なんか「今さら」って思ってしまって、環境を変えたくなって辞めてしまいました。

その後、当時住んでいた藤沢のピッツェリアでスタッフを募集していたので、面接に行きました。そうしたら、そこの人がピザ作りの世界大会に行くようなすごい人で、しかもめちゃくちゃいい人だったんです。僕はほぼ未経験で最初は皿洗いだけかな、なんて思ってたんですけど、丁寧に教えてくれて、何ヶ月かしたらピザ以外はほとんどひとりでできるようになった。結構しんどかったんですけど、楽しく働いていました。

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でも働き始めて半年くらい経ったあるとき、急に「だるいな」と思い始めて。僕、本当に“ダメ人間”で、すぐに飽きて他に目が行っちゃうんですよね。当時は古着が好きになっていて、「料理よりも服やりたい」って気持ちが大きくなっていました。お店の人にはすごい良くしてもらって期待もしてもらっていたのに、それが逆にプレッシャーにもなっていたんですよね。それで、何を思ったか、突然ばっくれたんです。「俺やめよう、旅に出よう」って思って、何の連絡もせず、とりあえず電車乗って、そのままお金が尽きるまで1週間ほど、宛もなく旅をしました。電話もガンガンにかかってきてたのに放置して、帰ってきて家のドアに「心配しています」って張り紙を見て、そのとき初めて「これはやばいぞ」って気付いて。お店に連絡して、でも今さら戻れないと思って、そのまま辞めました。

それが4年ほど前、20歳くらいのときのことです。今考えたら本当にめちゃくちゃで非常識でありえない。とりあえず、アホだった。本当にあんなに良くしてもらっていたのに、それを自分から……今だに後悔しています。いや、本当にひどいですよね。でも、お店の方には、今もすごい感謝しています。

 

「全部自分でやればいい」という気づき、そして衝撃の出会い

その後は料理からは離れようと思って、すぐに古着屋で働き始めて、バイトだけど仕入れとかお店でやる業務は一通りやらせてもらいました。でも、全然おもしろくなかった。服は好きだけど、仕事としてはちょっと違うというか…。サラリーマンやってる友達に「仕事楽しい?」って聞くと、「別に」って、「休みのために働く」って感じなんですが、僕はそれが分からなかった。たぶん、そういう働き方が合ってないんです。古着屋ではそれに近い働き方になっていて、これは違うな、と。会社とか上下関係も嫌だったので、「自分で全部やればいいじゃん」って、気づいたんです。

でもどうしていいか分からず、何やろうか考えながら1年くらいそのまま古着屋で働いていました。そんなとき、茅ヶ崎駅南口の「Café OJISANCHI」の前で、「スープカリー屋台 kemuri」さんが出店しているのをたまたま見かけて、「なんだこれ!」って衝撃を受けました。前から移動販売があるのは知ってましたが、それはホームセンターにいるようなフランチャイズのお店でした。車もかっこいいし、個人で、まちに溶け込んでいるような、ああいうかたちでやっているのを初めて見て、すぐに移動販売のことを調べました。そうしたら最初の資金もあまりかからないことが分かって、「これだ、はじめよう」と思って。本当に最初のきっかけは、kemuriさんを見かけたことでしたね。

餃子屋にしたのは、大した理由ではないんです。前にあんな辞め方をしていたイタリアンはできないし、「何やろう?」って考えた時、たまたま餃子は趣味みたいな感じで皮からつくっていたので、「じゃあ餃子でいいかな」って(笑)。親友が餃子好きだったこととか、パン屋で粉生地に触れていてその作業工程が好きだったこととか、今思えば理由は見当たりますが、「餃子やりたい」よりも、「自分でなにかやりたい」って動機でした。

それから中古車買ってキッチンカーをつくって、餃子屋をはじめたのは、22歳のときでした。でも何も考えずに始めて、ツテもないので、いざやろうと思ったら出店場所が無かった。最初はネットで探して週2日から出店してみましたが、出店料が高かったり、客層が合わなかったりして、全然儲からなかった。これやってたら生活できないな、とすぐ辞めて、牛丼屋で夜勤やってとりあえず家賃だけ稼いで、本当にギリギリの生活をしていて、「もうやめちゃおうかな」と思ったこともあったんです。でも当時、子どもが生まれることが分かったこともあって、もう一回やってみようと、今度は茅ヶ崎の飲食店組合で紹介してもらった平塚にある本屋さんの駐車場で出店を始めました。ちゃんと営業を始めたのは、そこからでしたね。

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まずその本屋で出店を続けて、声をかけてもらったり紹介してもらったりして、ちょっとずつ出店場所が増えていきました。今は平日3〜4日、茅ヶ崎のスーパー「たまや」や、平塚の「御刃物処 桝屋」前での出店のほか、週末はイベントにも出ています。最近は少しずつケータリングも始めたんですが、普段全然会わない人と会えたりして、試行錯誤しながらも楽しくやっています。

移動販売を始めて1年半ですが、恥ずかしながら、こんなに長くやっているのは初めてです。経済的にギリギリですし、毎日餃子ばかりつくっててけっこうしんどいし、本当に何度も辞めようと思っていますが、それでも今が一番楽しいです。今11ヶ月の子どもがいるので、引くに引けませんしね(笑)。がんばらないと、と思っています。

 

つくられた味じゃなく、自分の手でつくった味を

僕の餃子のこだわりは、皮から全部手づくりしていることと、化学調味料に頼らない味です。餃子って、化学調味料がたくさん入っているものが多いんですけど、僕は昔から薄味派で、そういうのが苦手だった。“つくられた味”があまり好きじゃなかったんですよね。だから自分の餃子は、にんにくなど香辛料は使っていても優しい味といいますか、やっぱりつくられた味じゃないものを目指しています。あとは、肉汁じゃなくて野菜汁がじわっと出るようにしたいな、と思っていて、野菜の水分を残したり、玉ねぎをたくさん入れたりしていることも特徴ですね。

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最初は味が定まらなくて試行錯誤しましたが、半年ほど前から、基本の「焼き餃子」(5個入り300円)と、「しそ焼き餃子」(5個入り350円)の味は変えていません。まだこれが完成形とは思っていないのですが、この2つはどこへ行くときもレギュラーメニューとして出していて、味が定まってからお客さんも増えてきたと感じています。他にも、パクチー入りやイタリアンテイスト、水餃子などを出すこともあるので、お客さんに楽しんでもらえれば、と思います。

手づくりの皮は、自己満足みたいなものなんですけど、市販の餃子の皮って、成分表示見ると、よく分かんないものがいろいろ入ってて、味もちょっと違うんですよね。僕は、強力粉とお湯と塩だけでつくってるんですが、やっぱり粉の味がちゃんとする。イベントは数を出すためどうしても冷凍した皮になってしまいますが、やっぱり生が一番美味しい。だから、平日は注文を受けて、生の生地をその場で1枚1枚伸ばして提供しています。皮からつくるのってけっこう大変で、手の感覚が無くなったりするし、これでもマッチョになったんですけど(笑)、でもやっぱり皮を買っちゃったら意味がないのかな、って。餃子ばかり、毎日わけ分かんないくらいつくってて、すごいきついけど、そこは妥協せずに自分でつくり続けていこうと思っています。

 

憧れの人生の“先輩”に出会えた大磯市

大磯市のことは、たぶん移動販売を始めて半年くらいのときに、Facebookで知りました。名前は前から知っていたんですけど、正直、客としてもあまり興味なくて、行ったことはなかったんです。でも出店してみて、最初はすごい緊張してて余裕がなかったんですが、毎回出店してたら、自然にまわりの出店者のみなさんとしゃべるようになって、ちょっとずつ知り合いが増えていきました。

僕が移動販売をやるきっかけになった「スープカリー屋台 kemuri」の白川清和さんや、「モヒカンらーめん」の塩田健太さん、「Nomadic Cafe」の山口健太さんは、僕、普通にファンなんです。お客さんとしても、同業者としても、生き方もすごい憧れがあるんですけど、今では仲良くしていただいて、相談もできるようになって、それがすごいうれしいです。出店者に歳の近い人がいなくて、最初は何しゃべればいいか分からなかったんです。でも、組織で縛られているわけじゃないけどすごく頼りになる人生の“先輩”という存在に出会えました。お互い自分で商売をやっているからこその関係なのかな、って思いますし、そういう横のつながりは大磯市に出てなかったらできていなかったな、と思います。

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これからは、やっぱり自分のお店を持ちたいな、と思います。5年後か、10年後か…分からないですけど、健太さん(「Nomadic Cafe」の山口健太さん)みたいにお店を持って、車でもたまに営業して、っていうスタイルでできたらいいな、と思います。 健太さんが移動販売はじめた8〜9年前は、移動販売なんて認知度ないし、大変だったと聞きました。それに比べたら、僕はもう場所とかチャンスはいっぱいあるし、あとは自分のやる気と、ちゃんとつくってるか、ということだけ。本当に自分次第だな、と思います。

大磯は、磯高(大磯高校)時代は海で遊んだり、自分が普通に高校生活していたまちです。そんな場所で自分で商売してるっていうのは変な感じですけど、面白いですね。地元の友だちや同級生もお客さんとして来てくれたりするのも、うれしく思っています。

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今月の夜市も、大量に餃子を仕込んで出店します。キッチンカーでお待ちしていますので、ぜひビールと餃子で一杯やってくださいね!

 

【餃子屋げん】

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茅ヶ崎市在住の店主・永森弦人さんが営む、移動販売の手づくりの無化調焼き餃子専門店。茅ヶ崎市のスーパー「たまや」(浜竹店(水曜日)、浜見平店(木曜日))、平塚市の「御刃物処 桝屋(金曜日)」での定期出店のほか、「大磯市」、「カミイチ(小田原市)」、「エコモノ市(藤沢市)」など、湘南地域を中心に、イベントにも多数出店中。

Facebookページ https://www.facebook.com/gyozayagen.117/

池田 美砂子

茅ヶ崎在住フリーライター、ひとりの娘のお母さん。人の言葉をありのままに聞くことで本質を見つめるインタビューを、ライフワークとしています。使命は、「ほしい未来を自分の手でつくる人を増やす」こと。この世にもっと、ワクワクを。